「砂漠の修道院」

エジプトのナイル川西方に沿ってその修道院は点在する。カイロから150キロ離れたワーディ・ナトルンと呼ばれる地域もそのひとつで、ナトルンの涸れ谷は長々と西に向かってのび、幅8キロ、長さ50キロに及び、地表部に水がないワーディが続く。低いなだらかな起伏の砂丘が果てしなく、その先はリビア砂漠の広大な広がりの中に消えていく。その茫洋たる広がりの中に、巨大な建造物が隠されている。聖マカリウス修道院でワーディ・ナトルンの四つのコプト僧院のうち、80人余の修道士を擁する、この谷一番の僧院である。見上げるばかりの高いレンガ塀に囲まれた僧院の玄関で、来訪者は来訪を告げる綱を力いっぱいに引かねばならない。
 宗教人類学者の山形孝夫(83歳)が著した「砂漠の修道院」(平凡社ライブラリー)はこんな書き出しで興味をそそってくれる。1988年の日本エッセイストクラブ賞を受賞している。アメリカ留学中に、先住民や黒人の礼拝を見て、キリスト教はもしかしたら差別の宗教かもしれないと思ったのがきっかけだった。西欧人の息のかかっていないキリスト教を知りたいと砂漠の修道院を選んだ。修道士の個人史、生活史の聞き取りに5年、その整理に5年を掛けた労作である。
 修道士はみんな大学卒の恵まれた階層の出身で、医者もいれば技術者も獣医も建築士も、そんな人間が家を捨て、財産を捨て、すべてを捨て、なぜ死者の国であるナイル川の西の砂漠にやってくるのか。貧しさを友として、ひたすらそこで暮らす。徹底した自給自足。自分が捨ててきたものを本当に捨て切ることができるか、それが彼らの生きる目標となる。なぜか?と思って親しく話をすることで、とても重要なことに気がついた。孤独であることの勇気、ひとりで生きていくことの勇気、そのためにすべてを捨てる。それは本当に悲しいほどの愛ともいえる。それが彼らのキリスト教で、「貧しき者は幸いなり」というイエスの言葉を自らに問いかけて生きているのだ。
 ワーディ・ナトルンとは「塩の涸れ谷」という意味でエジプト王朝時代のミイラ製造にここの塩が用いられ、いつか聖域とされて4世紀には僧院が作られた。コプトというのはエジプトのキリスト教徒を指し、イスラム教徒とは鋭く区別して強い誇りと特殊な自己主張を潜ませる。コプト教会信者はエジプト総人口の1割に相当する。修道士達は文明を逃れ、文化を拒否し、不毛の砂漠に更に更に分け入っていく。あるものは、おのれひとりのための洞窟をうがち、生きながら、人とのつながりをすべて断ち切って死んでいく。彼らのうがった洞窟は、そのまま彼らの墓場となった。肉体がのぞむすべての欲求は悪魔の誘惑とされ、それに抗う苦行にこそ魂のやすらぎを見出している。
 資本主義と一体となって、この世の勝利者である者だけが神によって救われるというアメリカ流のキリスト教がその主流となっているのは間違っている、と山形は断罪する。
 この本を手に取らせたのは「静かに、しかし歯ぎしりしながら生きていく」と題する武藤類子・福島原発訴訟団長と山形の対談(世界2月号)に共感したからだ。小商いに生きがいを見出している老人のちっぽけさが際立つのだが、心の奥底にすべてを投げ捨てて、砂漠の奥深くを目指す選択もあるのでは、との誘惑も否定できずにいることを添えておきたい。
 後藤健二さんが殺害された。確かに悔しい。しかし後藤さんの心情を思えば、テロリストに償わせるとはいえない。ナイル川の更に上流を目指して歩くしかない。

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