オリンピック再考

 1964年は東京での学生生活が始まった年である。その年の10月1日が東京オリンピックの開会式。19歳はへそ曲がりな行動に打って出た。オリンピックは国民の目を欺くもので踊らされてならない、ましてお前は選ばれし大学生なのだ。そして得た結論は、ひとり浅草に行くこと。大久保駅から乗った総武線は国立競技場の千駄ヶ谷、信濃町を通り過ぎるのに躊躇しなかった。夏休みに上野駅のホームでアイスクリームの売り子をしていて、勝手知ったる上野駅で地下鉄に乗り換えている。浅草は賑わいのピークが過ぎたとはいえ、まだ健在という感じで、6区の映画街は大きな看板が林立していた。どういうわけか「シェルブールの雨傘」「スエーデンの城」の2本立てを選んでいた。映画の題名だけはすんなり出てくるが、内容は思い出せない。4畳半の下宿にテレビがあるわけではなく、とにかく期間中、オリンピック無縁の日々を送った。

 さて、57年を経て再びのオリンピックだが、手垢にまみれ、虚飾は剥げ落ちて、欲望だけがむき出しになっている。思い出したくもない招致活動での「アンダーコントロール」発言と「お・も・て・な・し」。「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ」という空文句の虚しさだけが響く。しかし、膨大な血税が注ぎ込まれ続けている。招致の際に総額7400億円といっていたのが、現在の組織委発表では1兆6400億円と2倍以上に膨れ上がっている。そこには五輪用と称して国と東京都が使った1兆8000億円は含まれていない。これを含めると何と3兆5000億円と目がくらむような巨費となる。加えて、組織委が契約主体であり、国と都が直接支出しない民民契約だからと、契約内容、積算根拠を明らかにしていない。

 1年の延長で、いつしか復興五輪がコロナ五輪にすり替わってしまった。「復興」という具体性を持たないスローガンではごまかせたものが、「コロナ」という感染・死亡者という目に見える指標となるとごまかしようがない。PCR検査と隔離を徹底せず、目詰まりな対策に終始した。ところが昨年5月、感染拡大前の現象を見誤った安倍は「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」と豪語してしまう。こんなバカげた妄言を決して忘れてはいけない。これではコロナ対策ができるわけがない。政権を放り出した最大の理由であろう。

 引き継いだ菅政権もこの延長線にある。官房長官の経験が彼にトップもできるという錯覚を植え付けたのであろう。力を見せつければ、ごり押しできると考える男は、論理的な思考はできず、説得する言葉も持っていない。IOCが求める何が何でも大会を敢行しようという主張を、受けいれるしかない。中止となり、組織委のずさんな運営があからさまになれば、政権が吹っ飛んでしまうだろう。そんな恐怖が菅政権を駆り立てている。国民の塗炭の苦しみなど全く視野に入っていない。

 経済的にも、精神的にも五輪開催の意味は無くなってしまった。開催国をカモにするIOCも解体した方がいい。平和とスポーツの祭典というならば、イスラエルか、ミャンマーか、シリアで開催したらいい。その間の停戦費用と思えば、国連が拠出していいだろう。

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