無害者意識

85歳の詩人である。本名は古賀照一、北九州生まれで千葉県市川市在住。こんな校歌も作詞する。「発信ゆんゆん 受信よんよん 交信やんやん」。福岡県立清陵情報高校でタイトルが『宇宙の奥の宇宙まで』。地元の市川讃歌『透明の芯の芯』では「少女の乳首の尖きに富士とがり」。作曲が三善晃だが、一度大声で歌ってみたい。言語が宇宙に浮遊している感じだ。
 現代詩で強い存在感を発揮する宗左近。戦争中に死線をさまよった時に「そうさ、こん畜生!」と口を突いて出た言葉から取っている。東京大空襲で母と逃げまどい、母が火の海で命を落とし、自分だけが転げ出して命を拾った。24歳の時であろうか。鎮魂の長編詩「炎(も)える母」は、戦後22年を過ぎて詠んだ。母を救えなかった自責、消えぬ悔恨、深い思索がそのように長い歳月を必要とした。「母よ あなたにこの1巻を これは あなたが炎となって 22年の炎えやすい紙でつくった あなたの墓です そして わたしの墓です 生きながら 葬るための 墓です 炎えやまない あなたとわたしを もろともに 母よ」。それらを超えて、縄文時代や宇宙を見据えた文学表現、芸術評論に結実していった。
はじめて宗佐近に出会ったのが「あなたにあいたくて生まれてきた詩」(新潮社)。選者の彼は著名な詩人だけでなく、3歳の田中大輔君の詩を採っている。「あのねママ ボクどうして生まれてきたかしってる? ボクね ママにあいたくて うまれてきたんだよ」。神さまが人間をお生みになったのは、いつかこういう言葉をいってほしかったからに違いない。でも、これまで、どこの誰がいってくれたのでしょう。この作品は初めての発見といっていい。これこそが詩です。宇宙と人間を結ぶ愛の力を詩が差し出すとき、詩は宗教と同じものになるのです。法悦を与える・・・。と評している。
 9月3日、在日スウェーデン大使館で「チカダ賞」を受賞した。生命の尊厳を表現する東アジアの詩人が対象。その第1回受賞者だ。陶器と賞金30万円が贈られた。チカダ賞は、詩集「チカダ」(セミの意味)などを発表したスウェーデンのノーベル賞詩人ハリー・マッティンソン(1904―78)の生誕百年にちなみ、ストックホルムの「東亜研究所」「マッティンソン学会」などが創設した。彼は73年の秋から5ヵ月間、ストックホルム大学で詩歌の講義をしたことがある。授賞式では「ぼくの考え方を支えている力の一つが、スウェーデン」と述べている。スウェーデン讃歌も書いてほしい。 
 その左近があなたに刃を突きつけている。戦後60年の間にはびこってきた「無害者意識」。みんなが中流意識を持ち、その多くは自分を幸福と思い、まず被害者意識がない、次に加害者意識もない。「死んでいる生者」といっていい。『おどろおどろしい無垢よ はにかんでいる兇悪よ 救いのない醜い美しさよ』、何と痛烈なことか。抉りかえされる思いだ。
 教育基本法の改悪も、何いっているのですか、安心して今の学校へ子供を預けられますか、というまことしやかな声に押されて成立していくのであろうか。賛成59%の世論調査結果が気にかかる。おどろおどろしい無垢が、凶悪さを秘めたはにかみが、愛国心という救いのない醜い美しさが、歴史の歯車を逆転させようとしている。宗左近が日本国歌を作詞したら、どんなものになるか。頼んでみたいものだ。

© 2024 ゆずりは通信