救急精神病棟

大声で、あらぬ事をわめき散らし、目を血走らせ、今にも飛びかかりそうな男が救急車で運び込まれてくる。ヘルメット姿の救急隊員が男の両脇を必死に抱え込み、引きずリ込む。付き添う家族は表情をなくしている。アルコールを飲んでいないことを確認した医師は「ここは、県立の精神病院です」というと、「おれはキチガイではない。ふざけんな!」と怒鳴り返す。出て行こうとする男を、看護士2人が後を追う。医療保護入院を家族に確認し、治療用のベッドに運び入れ、ドイツ製の抑制帯で両手両足と腰部を固定する。興奮を鎮め、催眠作用のある薬剤を注射、看護婦2人も加わって、チームは機敏に動く。採血を済ますと、血液中の酸素飽和濃度を測るグリップを両足に挟む。身体を調べ、覚醒剤の注射痕などの有無を確認する。一方で、下着を脱がせ、ペニスを持ち上げ、カテーテルを慎重に尿道に挿し込み、下腹を押して尿採取だ。尿たんぱくや糖、薬物反応を更に確認するためである。大汗をかき、極度に興奮した男の体力消耗度は、想像以上に激しい。麻酔後の1時間が、最も危険な時間帯であるという不文律がある。こうして野戦病院のような応急措置は終わる。端然としたスーツ姿の男の病名は統合失調症(分裂病)。
 精神科の救急外来というのは、ほぼこんな描写になる。全国で初めて実践したのが、千葉県精神科医療センター。精神医療は大きく変わった。不治と考えられていた疾患が、脳神経科学の進歩により優れた薬物が出現し、急性期の治療、回復期の治療、その後のアフターケアも格段に進歩している。この救急外来の試みは短期間に社会復帰できる画期的なものだ。30日以上の入院は認めない。そのために24時間365日に対応するスタッフは、医師14名、看護者48名、精神保健福祉相談員11名からなる手厚い布陣で臨んでいる。
 人間の“こころ”ほどやっかいなものはない。この63歳にして揺れ動く。その揺れが極限にまで達した時、どうなるかは全く自信がない。件(くだん)の男は機械メーカーに勤務し、米国にトラブル解決に出張し、訴訟社会の苛烈さに巻き込まれ、一睡も出来ない日々が続き、ついついウィスキーに手を出すがそれでも頭が冴えわたり、脳の機能不全に陥った。わずか数週間のことである。睡眠の乱れこそ精神病の始まりで、睡眠の復調こそ快方へのシグナルであることを忘れないでおこう。この統合失調症も、リスペリドン剤で大方が治るといわれている。
 全国の入院患者数は約140万人、そのうち精神病は34万人といわれている。ほぼ6割が長期入院で、社会的隔離の状態といっていい。大半が、公立ではなく私立の民間病院にいるところに精神医療の問題点があるといわれる。更に、それとわからず特養や老人保健施設に入っている老人も多数存在する。
 この救急精神外来がなぜ、広がらないのか。家族、近隣からの厳しい、冷たい、怖がる眼であり、その眼が支持する長期収容型体制の根強い壁である。この不況がますます“心の病”を増やし続けていくのかと思うと、暗澹としてくる。
この医療センターの活動をルポとしてまとめたのが「救急精神病棟」(講談社)。5年前の出版であるが、「コリアン世界の旅」の著者である野村進への親近感から手に取った。もっと早く手にすべきであったと後悔している。
さて、精神科医である。「精神科の医者なんて、医学部の“落ちこぼれ”がなるんでしょ」と蔑む声にも堪えなければならない。そんな患者が突然、自ら命を絶つのである。いわば患者の心の闇を一緒に探り、一緒に歩かなければ治療は覚束ない。薬の処方だけすればいいのだと楽そうに見えるが、とんでもない。精神科医のピークは55~60歳で、やはり経験がものをいう。思い出すのは、60年安保を闘い、その後精神科医に転じた島成郎(?58参照)のこと。「精神医療のひとつの試み」を引っ張り出してきたが、一喝された思いである。残り少ないものであればこそ、人生もっともっと格闘すべし、と。

© 2021 ゆずりは通信