「亡国のインボイス」

 広島県の個人タクシー組合が組合員らに「インボイス対応車以外は駅構内の乗り場に入れなくなる」旨を通知した。鉄道会社の意向もあり、非課税の運転手と代金を勤務先に請求する客とのトラブルを回避する目的だという。これは何を意味するか。このデフレとコロナで痛めつけられている個人タクシーが更に10%の消費税を自ら負担しないと駅構内で客を乗せることができない。廃業が脳裏をかすめるのは間違いない。そんな事態が起きているのだ。

 ルポ記事「亡国のインボイス」は最大限の警鐘を鳴らしている。休刊間際にある「週刊朝日」3月3日号の特集で、筆者はフリージャーナリストの斎藤貴男。早稲田大学商学部卒の65歳で、12歳下の後輩になるがその硬骨ぶりは見あげたもんだ。彼の著書は「安心のファシズム 支配されたがる人々」「国家に隷従せず」「非国民のすすめ」と続くが、これだけで納得いただけると思う。その彼が理不尽な消費税に切り込んでいる。

 インボイスとは適格請求書で、個々の商取引での消費税率10%と軽減税率8%が明記されている。これがなければ仕入れ額から税額が控除されないという制度となる。端的にいえば、これまで年商1000万円以下の事業者は払う必要のなかった消費税をわざわざ志願して「納めさせていただく」という不条理なもの。そして、いったん課税事業者になると、弱いものいじめのように次なる事業者にインボイスを要求していくことになる。まるでデスゲームの様相で、アニメや漫画、演劇など、文化・芸術、エンターテインメントの世界で下積みに耐えている人々の多くは、インボイス導入で、生活そのものが侵食され、立ち行かなくなり、確実に衰退し、やがて誰もいなくなる。冒頭の個人タクシーと同じ憂き目に逢うことになる。

 加えて深刻なのが途方もない煩雑な事務だ。新たに保存義務を課せられる書類や伝票類の、なんと膨大なことか。この難題を解決するのがクラウド型会計ソフトで、その負担もばかにならない。このまま進めば日本のフリーランスは近い将来、クラウド型会計ソフトにすべて丸裸状態にされてしまう。デジタルインボイスとキャッシュレス化で先行する韓国では、徴税当局がほぼ全国民の金銭のやり取りを逐一、リアルタイムで掌握・監視していると伝えられてもいる。インボイスで止めを刺されたうえに、息苦しい監視社会となる。

 更に腹立たしいのが輸出企業に還付される消費税である。20年を例にとると還付総額は6兆円に達し、トヨタに限ると4578億円が還付されている。輸出先に消費税が請求できないので、国内の仕入れ先に支払った消費税が戻されるのだ。輸出有力企業と国内下請けとの彼我の力の差を考えると、値引き強要された価格の10%となり、果たして純粋に支払った消費税といえるのかどうか。

 こうしてみてくると消費税は他の税と違って、貧しいものをさらに貧しくする不平等極まりない悪税であり、諸悪の根源といっていい。1989年3%、97年5%、14年8%、19年10%と推移してきたが、その都度景気を押し下げてきた。なぜ、この時期に零細な個人事業主をなぎ倒すインボイスを導入するのか。本気で亡国に向かおうとしている。

 近所の魚屋が2月28日で閉店した。20年余り、帰途に刺身と酢の物を買って晩酌するのが、男やもめの唯一の楽しみだった。地域が壊れていく。

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