炭鉱のカナリア

還暦元年などと意気込んではみたが、何とも心もとない。そこで出かけたのが、創業・経営改革セミナー。2月28日、A4大判ノートを買い込み、かばんに放り込んだ。リクルートで20年勤務、14メディアを創刊したという創刊男・くらたまなぶが講師。その企画術、開発術、企業術を教えるという謳い文句に惹かれた。「とらばーゆ」「フロムエー」「エイビーロード」「じゃらん」「ホットペッパー」、この10年余で1兆円の借金を減らす原動力となった稼ぎ頭である。
 1978年アルバイトでリクルートに入社。持ち前のバイタリティで頭角を現し、社員となって新規プロジェクトを担当する。学生時代に集英社で月刊プレイボーイ立ち上げの使い走りをしていた伏線があった。とにかく誰もやっていないことが江副社長の口癖。9時―5時は営業に駆けずり回り、帰社してその原稿制作などに没頭し、深夜に新規メディアの会議を開き、そのまとめをひとりで行い、帰社時間が午前5時。深夜に職場で酒を飲むことも特例で許された。午前7時に出社し、タイムレコーダーにカードを差し込む。みんなが臭いというので、西新橋のサウナで汗を流し、仮眠する。そんな毎日をほぼ20年送ったという。
 メモを取らないで、カラダで聞いてください。すべて体験がベースなので実践的ですが、非学問的です。学者や専門家の本は嫌になるほど読んだが全く役立たなかった。ドラッカーと養老孟司だけは別、とことわっての誠実な話し振り。とにかく彼の術なるものは、仮説プランをイメージしながら、人にホンネの意見を聞き出し、修正したプランにまた意見を求める。この繰り返しをとことんやり抜くこと。人に聞かずに進めてしまうのが、公共事業、独占事業、頭の悪い経営者の事業と容赦ない。仕事の過程は、友達→恋愛→セックス→受胎→出産というプロセスと同じ。スタッフが集めてきた<ひとの気持ちとエネルギー>を使って、ブレストを繰り返しながら高めてゆく。ブレストとはブレーンストーミング。4人から7人程度、あんまり多いとお客さんになる奴が出てくる。禁句は否定的な言葉で、肩書逆転、年齢逆転、性別逆転の全く自由な雰囲気が出せるかどうかが分かれ目だ。
市場を「ヒト×モノ×カネが動く場所」ととらえ、「人数×回数or個数×単価」=売上高の公式を頭に叩き込む。人数を増やすのか、リピーターを増やすのか、単価の値上げか、値下げか。市場拡大が見込めないなら新商品か、新事業形態か。ここまでがデジタル思考の市場把握。次がアナログ思考のマーケティングへ。ヒト×モノ×カネに、ココロを掛け合わせる。不快、不便、不都合を、満足、安心、快感、好都合に換えるにはどうするか。絞り出す、いや出し尽くす。そして最終段階、「言葉をカタチにする」。それがポイントだが、ここでは触れないという。業種ごとに違うからというが、コンサルタントの限界というところ。起業の3条件に挙げたのが?世のため人のためのロマン?稼げるか儲かるかのソロバン、そして?面白いかどうかのジョウダン。恐らく3番目こそいいたかったのだ。辛いが楽しい面白いに変わる沸点まで、いかにスタッフ全員を高めるかだ。
そして、比喩に持ち出していたのが炭鉱のカナリア。炭鉱を掘り進む際に、鳥籠のカナリヤを先に吊るし、一酸化炭素の有無など危険を察知させる。理想のマーケティングは、このカナリアを見つけることだという。「ふーん、自分はカナリアにはならないのか」。そんな疑いがすぐに浮かぶ。マーケティングというのはリスクを避けること、当然ではないかと思い直す。意外に思えたのが、カネとか予算目標を追っていない組織だということ。後を見たら、カネがついてきていたという感じだ。
さて、大判の新しいノート。漢字が思い出せずにひらがな、カタカナ混じりだが、持ちこたられるかどうか。老いさらばえたカナリアになるのもいいかと納得し、帰途口をついて出たのが、高倉健の網走番外地。

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