さらば「元気宅急便」

今回でエッセイが100回を数える。そして、アクセスも4000を超えている。アフリカ、アメリカと一応国際色も豊かなのだ。ありがたいことと心から感謝したい。あらためて眺めて、「時代」と「自分」を思うと何とも不思議な気がする。この不思議さが人生の本質でもあるようだ。

2年前の4月。ひょんなことから、デジタルなるものに挑戦することになった。後輩のK君がぬるま湯の社を飛び出した。ホームページの制作をサポートする会社を一人で起こすという。この時のK君は、お世辞ではなく、なくてはならぬ戦力であった。何とかひるがえそうと、周囲はあの手この手でやってみたが、彼の意志は固かった。それなら、と生まれつきの侠気と軽薄でもって、つい口から出てしまった。「この際だ、第1号の客になる」と宣言した。もう引っ込みがつかない。パソコンだけは数年前に購入して、床の間に封さえ切らずにあった。自慢ではないが、とんでもないメカ音痴である。とにかくマニュアルを読むのが大嫌い。加えて他人に教えを請うのも大の苦が手。サラリーマンながら、事務の引継ぎをしないのを原則にしている。前例を知らなくても、何となるが身上。しかしこのために何度も手痛い目にあっているのだが、性格だからと頑なに押し通してきている。ドンキホーテが突っ込んでいったのである。「元気宅急便」はこんな風に生まれた。何の成算も、イメージもあったわけではない。悪戦苦闘の日々である。ましてやエッセイと称するのもおこがましい文章なるものも、営業一筋でまともに学んだわけではない。いま思うと冷や汗が出てくる。

俳句なるものも、カルチャーセンターを立ちあげんがための都合から。初心者どころの騒ぎではない。水橋高校サッカー部も、親に情報を上げない愚息の先手を打って、監督にHP用にと情報を連絡してもらう口実に利用したいがため。よく臆面もなく、続けてきたものだと思う。
しかし、こういう「ま」が無ければ動けない、
動かない人種も多いのだ。

今はK君に感謝している。「人のためが、実は自分のため」にいつの間にか変化するのである。ボランティアも然り。損を取ったつもりが、得を得ているという。意外と、これが人生の妙なのでは。

ところでK君は2年間で挫折してしまった。幸いにして大きな設備投資も必要なかったので、トントンで始末ができた。彼の人徳なのか、また職を得て元気に飛び回っている。後悔どころか、ありがたい経験ができたと、後ろ向きな素振りもみせない。かくありたいものだ。

ところで2年間 愛読していただいた皆さん。苦し紛れのいい加減な原稿にもお付き合いいただき、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。

リニューアルオープンも考えないわけではありませんが、しばらく休ませていただきます。

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