「こんな政権なら乗れる」

 保坂展人・世田谷区長を首班候補にして、野党は政権交代に挑め。結論からいうと、気鋭の中島岳志・東工大教授はこう主張している。菅が政権を投げ出さなければ、野党にも勝機が見えた。しかし、自民の総裁選はガラッと舞台を変えてしまった。いまの野党では、この目くらましに対抗することは難しい。「刷新への期待」に加えて、任せてみたいという「安定への信頼」がなければ、政権交代には至らない。民心の不安がどこにあるかを探り、捨て身の思い切った戦略で必死さを演出しないと政権交代は覚束ない。

 「こんな政権なら乗れる」(朝日新書)は、中島の要請で保坂との対談が実現した。7月の刊行だから、コロナ対策含め世田谷区の独創的な施策を紹介しつつ、リベラル保守をキーワードに政権交代を展望している。

 まずは、保坂展人とは何者なのか。55年生まれなので66歳。中学の時に「麹町中全共闘」を結成し、その活動歴が内申書に記載されて、全日制高校が不合格となった。世にいう麹町中内申書事件だが、その後教育ジャーナリストに転じ、管理教育の打破を訴えた。96年総選挙で土井たか子の社民党公認で立候補し、辻元清美などと一緒に議席を得た。自さ社政権ということで、与党での経験が大きい。世田谷区長に転じたのは大震災と原発事故で地方自治の大切さを間近に感じ、投票日まで19日しかない状況で決断した。下北沢の再開発計画の反対派の支援を受けたが、小田急の地下化でできる幅20メートル、長さ2キロのスペースの活用をきっかけにAでもないBでもないⅭ案での和解案で大団円となる。NOだけでは政治は変えられない「せたがやYES」の発想である。区長就任時に「5%だけ変えます」といったが、その言に凝縮している。地球規模で考える着眼大局着手小局の典型が「世田谷ヤネルギー」だろう。太陽光パネルを大量発注して4割安にして220軒に設置した。マッチングの成功例は1階保育所、2階が不登校の「ほっとスクール」、3階が青少年交流センターだ。住民の知恵を引き出しての施策である。

 中島の政治学的な分析だが、リベラルとパターナル(権威主義)、リスクの社会化とリスクの個人化を対比させる。自公政権はもちろんパターナル、リスクの個人化の範ちゅうだが、民主党政権もマニュフェスト至上のパターナルであった。野党が乗り換えたいもうひとつの船と目されるためにはリベラルで、リスクの社会化の要素が不可欠。住民を巻き込んで、柔軟な解決策を辛抱強く、見出していかねばならない。世田谷区長としてのマネジメント能力は国政でも十分に活かされる、とみる。

 この本で、余談では片付けたくない一説を見つけた。ワクチンを打つための効率よいシリンジ(注射器の筒)は韓国がどんどん作っていて、日韓関係が冷え込んでいるなかでそれをようやく輸入できるようにしたという。検索すると2月18日ソウル共同で、日本から約8千万本の購入要請があると報じている。つまり韓国に頼み込んだのだ。思い出すのが3年前の安倍最大の愚策だ。徴用工問題の報復で半導体素材の輸出を禁じたあの暴挙である。官僚たちの多くが懸念したのに、安倍がいいからやれ、と指示した。事実,日本の当該企業はとんでもない輸出減で好調な業績は暗転している。この企業は損害賠償を政府に求めるべきだと思う。何よりも半導体の国別シェアで、韓国はアメリカに次ぐ世界2位の21%を占めており、6%の日本を大きく上回っている。この逆転の差はひらくばかりだろう。また、サムソンは今やバイオの生産分野で群を抜く存在となっている。安倍、菅の常軌を逸した政策はこの一事をとっても、その継承は許されるものではない。傀儡となるなら、わが国の未来はない。もう取り戻せなくなるほど没落が進むのは目に見えている。

 老人の夢である、保坂首相、辻元幹事長という「もうひとつの船」が待たれる。

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