ピースボートはNGO団体名で、クルーズを企画して、世界特にアジアとの国際交流を図っている。辻本清美前参議員も設立に関わった。1983年が初出航というから20年以上の活動になる。街中のポスターや新聞広告でよく見るのだが、乗船するのは若者ばかりと思っていた。ところがその半数が中高年だという。定年後の年配者がほとんどだが、夫婦ばかりでなく、一人で参加する人も多く、夫婦であっても別々の船室を選択する自立型もたまにあるとか。最高齢が93歳、ほぼ100日に近い船旅であれば、ひそかに棺が積まれていると聞くと納得させられる。 現在ピースボートに乗船している三男から絵葉書が届いた。船内バーで58歳のおっちゃんとウイスキーを飲んでいると生意気なことを書いている。
これぞ男のロマン、とピースボートに乗り込んだのが佐江衆一。「黄落」で老老介護の悲惨を描いた作家だが、70歳の記念に挑戦した。もちろん一人。昨年の7月14日東京晴海を出航、南下してアジア、中近東、地中海、大西洋、パナマ運河、太平洋を横断して10月17日に同港に着くコース。わが愚息も同じコースだが、オプションで6泊7日のガラパゴス島も加えている。その紀行文「地球一周98日間の船旅」(祥伝社)が書店に並んでいた。北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」を思い起こすが、これも不思議な縁と早速に手に取った。船旅のコツ、ポイントを教えている。
費用から見てみる。船賃が135万円。1泊3食付で1万4千円と考え、ケアハウス代わりに乗船するする人もいるらしい。佐江は土産、小遣いすべてひっくるめて270万円でまかなった。愚息の場合が責任パートナーとなり運営に携わりながらだから、もっと安くなっている。問題は100日をどう過ごすかだ。
佐江は50歳を過ぎてから、5年毎に新しいことにチャレンジしている。好奇心と集中力が衰えない“とっちゃん”だ。50歳で古武道、55歳で剣道、60歳で茶道、65歳で英会話。中途半端ではなく古武道は師範、剣道5段、英会話は短期留学するなどの凝りようである。これが船旅で生きている。武道の先生として交友関係が、英会話では行動範囲が格段に広くなっている。船旅はまず部屋選びだ。敢えて煩わしさもあるが積極的な人間関係を築くのもいいと二人部屋を選択。窓際のベッドは交代で使うようにするなど気を使っているが、100日に及ぶ長丁場、順調というわけにはいかない。小生であれば躊躇なく1人部屋を選ぶ。230万円と割高だが止むを得ない。船旅を途中で諦め、下船する例も多い。理由の第1位が船酔いだが、同伴者とうまくいかず、また船内の集団生活に耐えられずというのが次に続く。酒癖が悪くて船長命令で強制退去というのもある。密室状態で乗組員含めて1400人が乗り込んでいるのだから、想像が簡単に想像がつく。
とにかく目的を明確にし、寄港地ごとのオプションも事前に情報をつかんで積極的に参加することが要諦らしい。スリランカでのホームステイは電気もガスもないところ。一つだけの寝台が提供される貧しさだ。ガラパゴス島へは、ニューヨークから南米エクアドルに飛び、そこから小型ジェット機を利用する。ダーウィンの進化論が間近に見て取れて大満足と推奨している。佐江の場合には、日記とスケッチを欠かさなかった。
あわただしい日常を送っている人間に、長期の「ひとりの時間」は必要。そうしないと人生は暇つぶしに過ぎなくなってしまう。実際そうなのだが、自分をひとりにさせると、どうなるか試してみる機会として、船旅は絶好だ。
さて、デッキの常連は、たいがい独りぼっちの中年男性組。そのほとんどが妻に先立たれた人たちだという。子供たちが勧めたというが、日常の所在無さをそのまま船に持ち込んだだけ。船内のにわかロマンスからも縁遠く、寄港地でのアバンチュールも無縁だという。これを聞いて、鰥夫のひとりとして黙っておれなくなった。
されどハードルは高い。両親の介護である。これを全うしたら、自分へのプレゼントとして考えている。佐江と同じ70歳ということになるのだろうか。
ピースボート