「平和の申し子たちへ」

3月は別れの季節でもある。感性豊かに介護の仕事をする34歳の若い女性が、次なるステージを求めて愛知県へと旅立っていった。離婚を機に砺波の空き家に居を構えて、交流の場として開放していた。職場ではよそ者、若者、ばか者の3要素を併せ持つ異色さに加え、地頭力というどんな時でも解決策を見出す能力を持ち、次のリーダーだと誰しも思っていた。ある時から職場に異様さが漂いだし、押し止めようもなく異様さがまかり通り出していった。この事態に最初に異議を申し立て、こんなところで時間を無駄につぶしたくないと辞表を叩きつけたのが彼女である。「お金が無くなるのが怖いから、何かにしがみついて生きていこうと思わなくなりました。お金が無くても生きていこうという人たちが、いつの間にか集まり出して、何か持ち寄ってくれたり、イベントをしてお客集めを相互に手伝い合ったり、結構しのいでいけるものだと思うようになりました。これからも大丈夫です」。こんな話を送別の宴でしてくれた。女性らしいしなやかさとともに、さっぱりとした潔さが際立った。
 今日の本題でもあるが、もうひとりの若者の現状も伝えておきたい。警備保障会社に勤務し、コンビニ等のATMへの現金輸送を主な任務としている。夜勤も多く、窮屈そうな雰囲気である。「ぼくの夢は辞表を出すこと。本当にやりたい仕事が見つかりましたと啖呵を切って、周囲のみんなを見下してやりたい」。夜勤明けのスキーを楽しむのが唯一の楽しみで、鬱憤を晴らすような弾丸滑りである。家賃や社会保険などの支出を計算し出すと、カネのありがたさがわかって踏み出せない。そんな自分に対する不甲斐なさが自信なげな行動となってしまう。
 異議申し立てをきちんとできて、取り敢えず前に進めるタイプと、場の空気を読み過ぎて、明日の糧を慮って、無気力に慣れきってしまうズルズルタイプということになるのだが、後者の方の行動のぶれは当然大きくなる。
 そしてふと、この若者に自衛隊に入ったらどうかと質問したい衝動に駆られる。高校時代にラグビーで鍛えた身体能力からすれば、コマンドとなっても十分に通用する。その前にひょっとするとIS(IsIamic State)に志願するかもしれない。押し殺して生き続けていると、ある時ポキンと折れてしまうことがよくある。
 わが同世代で息子が自衛隊に勤務している友人が、その嫁さんから「子どものことを思うと、転職してほしいと伝えました」と聞かされ、今のうちならどんな支援でもするから、よく考えてくれ、と息子にメールしたという。
 解釈改憲で集団的自衛権の行使容認を決めてから、自衛隊の海外活動をほぼ無制限に拡大する安保法制が自公で合意された。しかし、自衛隊の現実はそんな空論についていけるのだろうか。
 現代版の与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」が、なかにし礼によって書かれた。「平和の申し子たちへ」(毎日新聞社刊)で、泣きながら抵抗を始めようと訴えている。君に戦う理由などあるのか 国のため?大義のため?そんなもののために 君は銃で人が狙えるのか 君は銃剣で人を刺せるのか 君は人々の上に爆弾を落とせるのか たとえ国家といえども 俺の人生にかまわないでくれ 俺は臆病なんだ 俺は弱虫なんだ 卑怯者?そうかもしれない しかし俺は平和が好きなんだ それのどこが悪い? 弱くあることも 勇気がいることなんだぜ そう言って胸をはれば 何か清々しい風が吹くじゃないか 恐れるものはなにもない
 1938年大満洲帝国牡丹江で生まれのなかにし礼が、抵抗の意志が私の言葉に力を与えると声をふりしぼっている。

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