1枚の賀状がこの本を手に取らせた。彼は68年に東大工学部原子力工学科を卒業している。その後一貫して原子力に携わり、国会答弁に立つほどのポストについていた。3.11の前年に開いた中学卒業50周年を記念する同窓会で、この仕事を選んで本当によかったと誇らしく挨拶している。一度会いたいという添え書きに対し、正義を振りかざすほどの若さはもうないので、事故後の本当の思いを静かに聞かしてもらえるなら会おうと返書を送った。
いわゆる「原子力ムラ」の総本山とされる東大原子力工学科は1960年の発足で、毎年30~40人強が卒業していたが、原子力への社会の批判的な見方の強まりとともに学生の人気は低下。93年には「システム量子工学科」に改称し、2000年には「システム創成学科」に統合改組された。志望者が定員ぎりぎりの時期もあり、卒業した約5人に1人が保険や金融、金融系シンクタンクなどに就職した年もある。既に専門性の牙城は崩れているという。
さて、この本とは現役の通産省キャリアが書いた告発小説「原発ホワイトアウト」(講談社)。ペンネームは若杉冽で、売り上げは16万部を超える。日本を裏で支配するモンスターの実体を描いている。裏支配の力の源泉はやはりカネなのだ。関東電力の外部への発注額が年間2兆円。世間相場の2割高で購入している。総括原価方式は経費を少しぐらい浪費してもその分電気料金に上乗できるというシステムだから、それを誰も気にも留めない。この超過利潤20%のうち5%を取引先で構成する「東栄会」に預託金として巻き上げる。ざっと800億円である。これを関東電力の裏組織が自由に使えるのである。これが政治家のパーティ券購入資金に、落選議員の次の選挙までの生活費や活動費に化ける。例えば、私立大学の特任教授ポストを与え、その人件費はその大学への寄付とする。民主党がどうして反原発にたじろぐのか、電力労連も選挙支援と称して同様の手口をつかっているからだ。選挙でも人員の動員もそうだが、電力検針で得た名簿情報を手渡す。この協力がなければ選挙が戦えない状況をつくりだしていく。モンスターは司法にも及び検察を人事で捻じ曲げ、反原発を口にした政治家を陥れていく。マスコミ対策もぬかりはない。すべての記事、放送をチェックし、あらゆる手法でけん制していく。
筆者若杉冽は確信を持って「原発はまた、必ず爆発する」と予言する。ホワイトアウトとは送電線を爆破するために雪山を踏破していくテロが見る視界不良を指している。原発は膨大なエネルギーを発生させて発電する。それを送電線で送り出せないとすれば蓄積するしかないが、その限界はすぐに超え、原発自体を緊急停止しなければならない。非常用電源での冷却となるがそれがすんなりと機能しない。原発の無防備さはこの送電線に限らない。裏組織モンスターが安全チェックはいい加減でいいのだとやってきたことがここにきて裏目に出る。人間の手に負えない代物だということを肝に銘ずるべきである。小説では柏崎刈羽に模した新崎原発が再稼動後しばらくしてメルトダウンしていく。悪魔はささやく。フクシマの手順でまた繰り返せばいいや、日本人は懲りないのだから。
都知事選の顔ぶれがそろった。どうやら原発が争点となることは間違いない。反原発をシングルイシューというが、反原発は自然やいのちの根源的なあり方を問う思想であることを忘れてはならない。五輪に優先して何らおかしいことはない。5000万円とか1億円とかで矮小化する陰謀に巻き込まれてはならない。
そんなところに、タイミングよく好著が出た。岩波新書「科学者が人間であること」で、生命科学の中村桂子が誠実に書いている。都知事選の前に眼を通してほしい。
亡きなだいなだの老人党を引き継ぐものとして、都知事選を契機として、賢い民主主義を取り戻したい。どうだろうか。
「原発ホワイトアウト」