「屠場」
2017/7/24
漲る緊張は同じだが賭場ではない。昔は屠殺場ともいわれていた。その屠場が初めて写真集となって世に出た。大阪・松原屠場に20年通い、シャッターを押し続けたフリーの写真家・本橋成一が出版に漕ぎ着けたのである ...
政治学徒 物理学徒
2017/7/24
日本原子力学会が19日、北九州市で開かれた。奇しくも、東京・明治公園に6万人が集結した反原発集会と同じ日である。胸かきむしるほどの反省の弁が聞けるかと思いきや、型どおりの「学会として遺憾に思う」という ...
立山登拝
2017/8/3
筋肉痛で階段の昇り降りに顔をしかめている。9月11日、雄山3,003m、大汝山3,015mへの登頂を何とかやってのけた。最後は友人のストックを借りながら、一の越から足をもつれさせて室堂に辿り着く無様さ ...
「若者よ マルクスを」
2017/7/24
貧しく、どこにでもいる無名の若者が、何で僕だけが苦しまなければならないのだ、と拳で涙を拭っている。そんな若者にマルクスを届けたい。共産党宣言、資本論のあのマルクスである。ソビエト崩壊以来、誰も口にしな ...
共感メッセージを!
2017/7/24
初めて台風の洗礼を受けたのは昭和25年のジェーン台風であった。多分9月3日の夕刻にかけてのことである。5歳の時で、母と2人で銭湯に出かけており、親切な見知らぬ叔父さんに抱えられて、ようやくの思いで帰宅 ...
「弔辞」
2017/7/24
きょうは炭坑節でいこう。施設にいる97歳の母を週2回訪れるのだが、それなりの話題を用意して、出かけることにしている。母に歌う子守唄ならぬ民謡である。秋の気配漂う砺波・庄川路を走ると、地蔵盆の飾りとのぼ ...
「日本断層論」
2017/7/24
作家・森崎和江は姉のような存在と思っている。そう思う一方で、何となく苦が手だ。1927年朝鮮慶尚北道大邱生まれの84歳。植民地で生まれ育ったという原罪意識から、昭和の闇を鋭く見つめてきた。女性らしい直 ...
北斎展
2017/7/24
画狂老人と自称した奔放自在な筆さばき。90歳まで生きて、なおあと10年、いや5年でもいいから生きさせろ!わが画才ようやく開くかもしれん、と死の床でつぶやいた生命力。教科書で見た富嶽三十六景が最初で、両 ...
漢字が日本語をほろぼす
2017/7/24
はじめに言葉ありき、というが、言葉がどう成り立ってきたのか不思議な気がする。わが日本語も、覚束ないというより、危うい使い方ながら、60余年無意識に使っている。とりわけ、漢字だ。名前を記憶するのも漢字の ...
フクシマとオキナワ
2017/7/24
悩める福島県知事は、進まぬ復旧に業を煮やして記者会見を開いた。「先ほど沖縄県知事に電話で、普天間の移設を福島で引き受けると伝えました。放射能で汚染された不毛の地を提供します。辺野古への移設費用を福島に ...