あなたにあいたくて

あのねママ
ボクどうして生まれてきたのかしってる?
ボクね ママにあいたくて
うまれてきたんだよ
(田中大輔君 3歳の時の詩)

10月18日の夕刻、秋田駅からタクシーに乗り込んだ。秋田空港からのリムジンバスが時雨に遭い、渋滞に巻き込まれ、予定の羽後本荘へ行く列車に間に合わなかった。「本荘までやってくれ」と頼むと、タクシー運転手の顔がほころんだ。50歳前後、小一時間とつとつと東北弁で、世情について話してくれる。

「市内は紅葉狩り帰りの車で渋滞しているから、裏通りを走るよ」と始まった。この不況はとにかくひどい。秋田は中年男の自殺者が最も多い。運転手になる前は双葉電子に勤めていた。双葉電子は蛍光表示管の世界シェア70%という電子部品企業。アジア全域に生産拠点を持っている。秋田に誘致されて進出したが、20年が過ぎてグローバルなる妖怪が出現し、情勢は一変。秋田工場での生産をすべてフィリピン工場に集約することをなってしまった。全員解雇だ。退職金は年収1年分の割り増しで、6ヶ月は朝点呼するだけで給料をくれた。手に職があるわけではないし、タクシーの運転手に。最近は高卒の初任給にもならない。秋田駅で数時間待っていたという。お客さんでよかったよ。これがワンメーターそこそこだ、とやりきれない。駅以外で客待ちする手もあるが、警察が目の敵にして駐車違反の取締りをやる。頭にきているから、刑事事件では協力しないこともある。今度の総選挙では民主党に入れるという。郵政民有化も、道路公団民営化も、現在のわれわれには関係がない。どうでもいいことに、改革改革と叫んでいるだけではないか。景気をどうするか、老後をどうするか、が一番。何十年も同じ自民党がやっていれば飽きてくるし、どこかで腐ってくるにちがいない。家では母と女房が農業をしている。息子は高卒で神奈川で働いているが、今度管理職になり、大卒の部下も動かしているらしい、と自慢話に行き着いたところで、本荘市にはいった。

ところが驚くことが起こった。メーターが1万円を超したところでパタンと倒してくれるではないか。1万円でいいというのである。あと2~3千円の距離は走ったと思う。こちらも心意気である。1万円にチップを千円添えて払った。

長男の迎えの車に乗って、アパートへ。深夜の夜行寝台「日本海4号」で帰ることにしての5時間あまり。この時間が初孫・男児とのひとときである。しかし、こういう時の男というのは、本当に役に立たなくてがっかりする。心音が小さくなり、吸引をしての難産であったと聞き、気も動転。それを気取られまいとして、ますます小さなアパートでの居場所がなくなってしまう。家事や、気苦労で負担をかけまいと、今晩は寿司にしようと、近所の寿司屋に出かける。待つこと30分。せっかくの時間の浪費ではと思うかもしれないが、ほっとしている。冒頭の詩は、詩人の宗左近さんが編集した「あなたにあいたくて生まれてきた詩」(新潮社 1200円)から。寿司屋のカウンターでこの詩集をぱらぱらめくりながら、悦に入っている初々しい爺さんなのである。持ち帰った5人前をいい雰囲気で食べることができた。出産に立ち会った長男が「あいつにはかなわない」というのを聞いて、育児も心配あるまいと列車に乗り込んだ。腕の中に、ふわふわと、はばたこうとする命の感触を思い起こし、ありがたしと感謝しつつ。

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