田中、鈴木、野上は地雷除去作業を

口裏を合わせる、とはこのことか。外務省の小さな会議室。野上事務次官のひげ面がゆがんでいる。小町官房長が切り出す。「ここを乗り切るためには、鈴木さんからの圧力はなかったことに。答弁資料には鈴木の名前が出ていないので、外相にそのようなことは一切話していない、としらを切り通す。なぜ、NGOを外したのかと問われたら、政府批判が過ぎるのでアフガン復興支援会議への出席は国益を損なうと、外務省の独自判断で行った。これで押し通すことにします」。当事者である中東2課長は唇をかみ締め、うつむいて納得した表情をみせるしかない。2日前、鈴木宗男からの電話を受けた時に、もうちょっと粘っておけば、と悔やまれる。しかしヤクザ同様の脅し声で、有無をいわせない。とても同じ人間に話している口調ではない。その声を聞いただけで、まるで金縛りにあったようになる。「先生 それは大きな問題になりますよ」ぐらい、なぜいい返せなかったものか。ちょっと物申した同僚は必ずしっぺ返しのように左遷させられた。やはりいえないよな。上司は政治家一人ぐらいあしらえないのか、と無能扱いして、自分の身を守るだけで精一杯。こんな政治家を選んでくる選挙民もどうかしている。田中真紀子も同類。目線はいつも見下すもので、すぐにわめくだけ。早とちりで、落ち着いて人の話を聴くということはない、品性、知性とは程遠い。緒方貞子さんとは大違い。数年前の大使館勤務はよかったな。配分された機密費のおすそわけで、ちょっとした王族気分だった。すべてはノンキャリアがいいように処理してくれた。

いや、こんな繰り言をしたいのではない。本質に戻そう。なぜふたつのNGOを外そうとしたのか、である。いまやNPO,NGOを抜きにして世の中動いていかない。そんな時代なのだ。45億ドルの拠出を決めても、不足する食糧を誰が末端の国民まで配れるのか、医療活動を誰が行うのか。金さえばらまけば済む問題ではない。まして「政府を信用できないのに、なぜ政府主催の会議に出たいのか理解できない」という鈴木や外務当局の発言。この認識の低劣さ。いかに政府が誤りの政策を行ってきたか、誤りを起こしやすいものかという認識がまったくない。この判断を外務省独自のものとすれば、外務省は要らない。大使館はすべて旅行代理店とホテルの従業員に切り換える。それで十分だ。そして鈴木の圧力に屈したものであれば、その組織はゆがみ、腐敗している。なぜ、鈴木の跳梁をそれ程に許しているのか。二つのNGOの参加を拒否して、すぐにそれを取り消した。そのブレの事実過程を外務省は明らかにすべきであろう。

その上で、田中真紀子、鈴木宗男、野上次官を先頭に全外務省のキャリアに列を組ませて、地雷撤去にあたらせたい。そうするしか、いまの外務省は蘇生する道はない。

霞ヶ関官庁街で診療にあたる精神科医の報告によると、この界隈に働く人の心はすごく傷んでいるという。外務省や農水省だけではないのだ。仕事にまともに取り組めない状況になりつつあるという。この不況下、公務員指向が親子ともどもに強いが、見かけの安定を求める余り、人間の基本的な尊厳まで売り渡してしまうことになりかねない。そして、大切な心までがボロボロになってしまう危険もとても高いということも知っておくべきだろう。政府で、企業で、NGOで働く人がすべて、対等に渡り合っていけてこそ、健全な社会が生まれていくのである。

ピースウィンズジャパン。3年前、はじめてNGOなるものが私の目の前に現れた。「おじちゃん。いまこんな仕事をしているの」と友人の娘。長男の同級生でもあるので小さい時からよく知っている。アメリカの大学を終えて東京で輸入映画の仕事をしていたが、ようやくに自分にふさわしい仕事に辿り着いた。それがNGOだったのである。3年前に会った時は、ユーゴに神戸震災の仮設住宅を送る仕事をしているの、と話してくれた。そのNGOを政治家の横やりで、アフガン復興支援会議から締め出そうなんて、何が何でも許すわけにはいかない。

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