胸の内にわからぬものが無数にはびこっているようで落ち着かない。内憂外患をひとりで背負い込んでいるようでもある。そんな錯覚を、60年余も生きてどうさばいていいかわからぬとは、嘆くばかりだ。思考のトリアージということになるが、ここは最も手に余るユーロ危機に対して愚考してみたい。
「私の真の敵対者。それは名前も顔も持たず、党派も持っていない。選挙に名乗りを挙げることもなく、したがって(選挙で)選ばれることもない、にもかかわらず、われわれを支配する。敵対者、それは金融界だ」。フランス大統領となったオランドが選挙演説でこう叫んだ。その通りと声を挙げてみるが、この妖怪をどうするか、憎憎しいばかりだがどうすることもできない。これを正面切って対峙しようとするフランス国民の怒りは評価できる。
ジャーナリスト・藤村信が存命ならば、彼のパリ通信で彼の地のことはある程度理解できた。「ヨーロッパ天変地異」ではユーロ胎動と称して、こう指摘している。マーストリヒト条約は、単一通貨への参加条件として、政府の財政赤字を国内総生産の3%以内とし、財政を緩め、インフレを招いて、競争力を落すような国を助けてやらないとしばっている。当時この条件を満たしていたのは、加盟15カ国で、ドイツとルクセンブルグだけで、フランスは福祉予算カットで大規模なストを招き寄せ、四苦八苦していた。3%は3.0%と主張する厳格ドイツと、まあ3%程度とするいい加減フランスとの絶妙なバランスがユーロをスタートさせた。国境の壁を乗り越え平和を築く壮大な実験を継続する強い意志と知性に驚くほかない。ユーロ崩壊は第2次大戦以来の歴史の否定であり、何としても乗り切るしかない。ギリシャの再選挙も賢明な選択であった。
そして今、フランス人女性を妻とする老人党党首・なだいなだが彼の地の情報を運んでくれる。ブログ「打てば響く」だが、この老人はユーロを計算もし易い100円に固定しろ、と精神科医らしくのたまう。アダムスミスを持ち出し、国民の大多数を富ませるのが経済であって、国家のみを富ませるのは経済ではない。真の敵対者に立ち向かえ、と檄を飛ばす。サルコジはユダヤ系のハンガリー移民であったし、オランドもまたフランスに何世代も前から住み着いているユダヤ系で、いわば大統領選はユダヤ系同士の対決ということになっていた。移民を排斥する論が現実味を持たないことがよくわかる。更にオランドが財政締め付けよりも、経済成長を主張し、大統領就任直後のメルケル首相との会談でも妥協しなかったために、ユーロは売られ、記録的下値をつけたが、決して慌てなかったことには、丸をあげてもいい。いわゆる投機マネーの脅しに屈しない姿勢を見せたことで、しばらくは投機マネーも派手な動きは出来まい。そして投機マネーが短期に移動しないように、税をかけることに成功すれば、三重丸ぐらいやってもいいだろう。しかしこれは、そう簡単にはできまい。オランドに期待はしていない。オランドを勝たせた、格差と失業を増大させてきたヨーロッパの状況こそが、圧力となって、かれを動かす力だからだ。主役はかれを選んだ国民だ。
というわけだが、なだが大統領選で期待していたのは、ジャン・リュック・メランション候補で、昔からぼくが抱いていた政治家像ぴったりの人間を彼の中に見た。ユーモアのある政治家、難しい政治経済の状況をやさしく説明できる政治家だ。そういう状況で、ぼくたちに、今何をなすべきかを示せる政治家だ。しかし、かれは共産党に支持されているという理由で、フランスのマスコミからボイコットされ、かれの主張は、ほとんどメディアを通じては国民に届かなかった。日本にも、こんなタイプの政治家が、左派から出てきて欲しい、と思ってしまう。同感だ。
パリ無縁の60余年だが、数週間の日程でゆっくりパリを堪能できる旅ができたら、と思っている。
パリ無縁なれど・・