政治家にはプライバシーも、個人情報保護も及ばないと心得ている。そのくらいの覚悟は当然だろう。今回、俎上に上げるのは麻生太郎である。福田内閣の支持率が低迷し、次に取り沙汰されているが、これまでと違って、現実味を帯びてきている。過去自民党総裁選に3度挑戦しているが、勝つことはないだろうと、いわば泡沫候補と無視してきた。しかし、小泉もそうであったが、何度か立つうちに、まぁやらせてみてはどうか、となるから、恐ろしいのである。ここは早いうちに警鐘を鳴らしておきたい。
まず、創氏改名での妄言である。03年5月、自民党政調会長であったが、東大の大学祭で「当時朝鮮の人達が日本人のパスポートを貰うと名前に『金』とかが書いてあった。それを見た満州の人達が、『朝鮮人』だと言って仕事がしにくかった。そこで朝鮮の人達が『名字』をくれと言ったのが始まりだ」と発言した。植民地下、圧倒的な暴力で組み敷いた人々の中に、へつらうしか術のない人も多くいる。それを取り上げて、俺達がやったことではない、相手が望んだのだという。この程度の品性、知性しか持ち合わせていない男なのだ。加えて「日本の植民地統治は教育制度を整え、ハングル普及に貢献した」とは、盗っ人猛々しい、聞くに堪えないとはこのことである。
更に挙げよう。麻生商店3代目という出自である。もちろん彼の責任ではない、しかし留学が許され、射撃でオリンピックに出場でき、日本青年会議所会頭を務めることができた生活基盤を無条件で受け入れて当然とする意識は彼の責任以外のなにものでもない。
その麻生グループだが、自社の沿革によれば、明治5年麻生太吉が目尾(しゃかのお)御用炭山を採掘し石炭産業に着手したことにその端を発している。そして、財閥系に伍して御三家と呼ばれるほどに成長できたのは、大正期からの朝鮮労働者の雇用にある。植民地としてからは強制連行だ。敗戦直前の特高資料によると、麻生傘下だけで7996人が働いていた。酷使に次ぐ酷使は人間以下で、逃亡、暴動が相次ぐ。それを警察、特高、暴力団という圧倒的な力で抑え込んできた。無窮花堂と呼ぶ無縁墓には、多くの朝鮮人労働者が眠っている。他にもあるのだ。シンガポールを陥落させた時の捕虜、197名の豪州兵、101名の英国兵、2名のオランダ兵が捕虜となり、麻生吉隈炭鉱で奴隷的に働かされている。
もし、彼が後継首相になったら、外交的にどんな事態が発生するだろうか。最初に想定される李明博大統領との会談で、何から話をすればいいのか。外務省も頭を抱えるに違いない。アジア外交のこれ以上の停滞は許されないとしたら、一刻も早く引導を渡すべきでないか。
いまひとつ。富山から日本青年会議所会頭になった経済人から、次期会頭を巡って選挙戦になった時の話を聞いた。麻生意中の人間を会頭に据えるべき、あらゆる手管を使って恥じない人物だという。お坊ちゃんのきまぐれな権力のもてあそびに、日本の命運を預けるわけにはいかない。安倍晋三の場合も、当然に予見できたことではなかったろうか。
こんなことを思い知らされたのは、わが老人党・なだいなだの著書「ふり返る勇気」(筑摩書房)を手にしたからである。政治家には、以前どんな仕事をしたのか、どんな企業とつながっているか、家族はどうか、高校・大学でどんな成績だったか、どんな情報を求めてもいい。当然、国民の知る権利の範疇であり、首相となればなおのこと、こんな具合である。
企業のトップ選びもそのぐらいにしてほしい、だって。密室での薄汚いやり取りで、とんでもない男が据えられて、どれほど社員が苦しむことになるか。よくわかる。それではどうだろう。従業員全員の信任投票くらいはあってもいいような気がする。もちろん拘束力はないが、内部告発を恐れて、第2の船場吉兆を生まない抑止力になると思うのだが。
ふり返る勇気