2月19日午前9時過ぎ、株主総会の会場である富山市中心部のANAホテルに着いた。会場周辺はボリュームいっぱいにヘイトスピーチを繰り出す右翼街宣車がざっと5台。警察と私服刑事がそれを取り巻いている異様な光景。この総会で発言することになろうとは、不思議なめぐり合わせである。
発端は不二越強制連行訴訟を事実上立ち上げたのは故・水間直二だ、と聞いたこと。わが親友の親父であり、話好きなこともあり、訪ねると数時間は覚悟しなければならない。社会党支持者であった。数年前から、そんな縁もあって支援団体の勉強会などに参加していた。誘われると断れない気弱さ。自分の言葉で、自分の思いを伝えるという条件で、受け入れた。70歳過ぎての軽佻浮薄。困ったものである。開始の15分前に受付を終え、サービスコーナーでコーヒーを飲んだ。朝の散歩のついでに参加したというラフなおじさんが大声で話し込んでいる。
さて、発言はほぼ1分で要旨明快が原則というので、事前に原稿をまとめてみた。「初めての参加で、指名いただき感謝。不二越の健全な発展を期待する立場で、日韓友好の一翼を担ってほしいという意見です。私は1945年8月、全羅南道光州市で生まれた。わが一家は約10年、そこで生活したわけだが、父が韓国でありついた仕事は、刑務所の看守。一家がそれなりの生活を維持できたのは、わが国の植民地支配下であったからに他ならない。そんなこともあり、日韓友好を草の根で支えていきたい」。「ロボット開発を基幹とする不二越は、国際化こそ成長のキーワード。徴用工の問題は国からの縛りが強いと思うが、自らの経営判断で行動してほしい。国に配慮をして苦境に陥っても、国は決して不二越を救うことはない。これを肝に銘じてほしい。敗戦の情報をいち早く知るや、朝鮮総督夫人は我々引揚者を置き去りにして、真っ先に帰国した一事で明白。配慮は表向きだけにして、水面下では国際的な人権規範を守るというサインを送り続けてほしい。いわば面従腹背でやむを得ないということ」。「もうひとつ。韓国民族の不幸に思いを馳せてほしい。日韓併合35年、敗戦後にいざ独立かと思いきや分断国家に、そして朝鮮戦争では同じ民族が殺し合って200万人余が亡くなり、国土は廃墟に。その後の軍事政権はその強権でもって、ひたすら成長優先で進み、財閥最優先の経済構造が出来あがった。その一部の特権にありつこうと大衆は世界一低い出生率で、学歴社会という虚構にすがりついている。この経済構造を中小企業でもやっていけるものに変えることが最大急務。不二越として、大成NACHIの充実拡大、技術指導などでその任務を担ってほしい」。
しかし結果からいえば、この原稿は無駄になってしまった。発言者が多く、手を挙げて声も出したが、議長は指名してくれなかった。物足りなくもあり、申し訳ない気持ちも強い。
会場で訴訟団からの事前質問に答えた不二越社長の発言は「強制連行なし、強制労働なし、賃金未払いなし」という立場を強調し、株主というより、財界や官邸に向かって発言しているように聞こえた。これで成長するアジア市場が取り込めるのだろうか。戦犯企業のレッテルは免れない。そして、93年から始まった1次訴訟で2000年に不二越は和解に応じている。井村社長の21世紀にこの問題を持ち込みたくないという決断だが、経済界からは弱腰批判が強く、支払った和解金3500万円は解決金だとして、今後決して応じないという。3期連続しての減収減益決算を見込むが、経営陣からは反転させる覇気が感じられない。
ある人からの慰めの言。全く無名の、活動家でもない男がそんな発言をしようとしたことは世の中捨てたものではないと感じた。ありがとう。