アーミッシュ

やられる前にやってしまえ!ブッシュの先制攻撃主義だけがまかり通っているのかと思っていたら、アメリカにこんな高潔な人たちも住んでいる。10月2日ペンシルベニア州ランカスターで、悲惨な事件が起きたことは記憶に新しい。32歳のトラック運転手が学校に侵入し、女児5人を監禁、射殺したうえ、自殺した。皮肉にも、この事件によって宗教集団「アーミッシュ」がクローズアップされた。いつものことだが、不勉強を恥じなければならない。
 事件は警察の調べで、こんなことが明らかになった。殺された女児で最年長にあたるマリアンは容疑者に「私から撃って」と申し出て、年下の子をかばった。何と13歳にして、このとっさの判断、しかもこんな極限状況でやってのけた。驚くことに、彼女の1歳下の妹バービーは「その次は私を」といって進み出たという。彼女達は一体どんな教育を受けてきたのか、信じがたいほどの崇高な自己犠牲である。その親達はどうなんだと思ったら、娘達を失った事件の夜、容疑者宅を訪れて「許し」を伝えている。刺し殺してやりたい、憎しみで張り裂ける心で、そんな気持ちになれるものなのか。全米で静かな感動を呼んでいる。
 アーミッシュとはどんな宗教か。戦争を拒否する絶対平和主義のキリスト教「再洗礼派」で、偶像崇拝や権威を認めない。そのために17~18世紀、ヨーロッパで迫害され、ドイツ南部やスイスに逃れ、更にルイ14世に追われ、米国に渡った。米国内に約15万人が独自の村をつくって生活している。全員が同じ農業を営む。電気はつかわない。自動車はあることにはあるけれど、所有は認めず利用だけを認める。電話は家庭内にはなく、屋外に設置されている。男たちは伸ばした髭に襟なしの黒の上着をきちっと着ている。女性たちは、長いワンピースに白いキャップをかぶる。子供たちはたいてい白いシャツに黒いベストをつけている。会話はペンシルヴァニア・ダッチとよばれる古いドイツ語が中心だが、現在のドイツ人にはまったく理解できない。
 宗教的な教えだが、この事件のように相手を罰しないという強いルールで、暴力を振るわれても、やられっぱなしになるか、逃げるだけ。殴り返すことはない。また謙虚さを失わないために「他人より優れている」と思うことさえ否定する。
 さて、子供たちの教育だ。8年制で、ワンルーム・スクールハウスで学ぶ。授業はほとんどが自習にもとづいている。手をあげて自分の学習を進める自主的なもの。また、高等教育を拒否している。高慢にならないための方策である。ここがポイントだが、成人になる際、アーミッシュであり続けることを拒否することもできるが、8割が留まる。決して狂信的な宗教集団ではないということだ。もちろん、兵役は拒否している。しかし、税金は払い、国や自治体の世話にはならないという生き方を貫いている。
 武者小路実篤の「新しい村」を思い起こすが、とても比べものにはならない。時代に流されない、というより時代を無視している。その無視を何世紀も続けているのが何とも清々しい。混沌、喧騒、やりきれない世相の中で、こんな社会の選択肢があってもいいと思えてきた。金正日総書記に「私の国から撃って」と迫り、怖がらなくてもいい、と抱きしめているアーミッシュ国の首相を想像してしまう。イスラエルも少しはアーミッシュに倣って欲しいとも思えてくる。
 先日、嫌な思いをした。清明堂で出くわしたのが小学校同期の大学教授。その鼻持ちならない尊大なこと。これが母子家庭で育ち、夜間大学を出たあいつか、と呆れ果てた。高等教育もこんな高慢を生むのなら必要ない。
 というわけで、せめて、60歳以上の世代に問わねばなるまい。「私から撃って」だぞ。ひけらかさない自己犠牲だぞ。長らえさせてもらったものの献身と矜持だぞ。自戒も込めてだが、男女のことはこのらち外でもいいか、多分。

© 2020 ゆずりは通信