小林製薬の挑戦

経営者が一番悩むのが、どうしたら社員のやる気が引き出せるか。全員参加、積極提案というがほとんどの企業で機能していないのが現状。この難問に応えている企業がある。小林製薬。ちょっと聞いたことがないなと思われる人もあるかもしれない。

センター試験を終えるや否やインフルエンザに寝込む愚息は、「熱さまシート」を買ってきてくれという。薬局の一番目立つところに置いてある。このネーミングの巧みさ。なにしろ薬嫌いにも、とにかくわかりやすい。今更ながら感じ入った。その他にもこんな製品を持っている。「さわやかサワデー」「ブルーレットおくだけ」「のどぬ~るスプレー」「トイレその後に」「チン!してふくだけ」。そういえばテレビCMでも企業名をいうことはない。いま挙げた製品がすべて小林製薬製。そして、社員のアイデア提案を受けて製品化したもの。年間に1万5千から2万件のアイデアが出され、80件が製品化されている。従業員数953名だから一人15件以上である。更に驚くのがコンスタントに市場でヒットを重ね、その多くがトップシェア。そして新製品の売上高に占める初年度寄与率が10%を超え、4年間でみると35~45%を示している。売上高利益率も16%と花王を抜く高収益構造である。失われた10年といわれる90年代に着実に業績を伸ばしてきた。02年度決算でも売り上げを200億伸ばして2046億円。営業利益が121億円だ。

なぜ、と聞きたくなる。アイデアを年間12件提案した者に2千円の図書券、新製品に結びついた者に最高100万円の社長特別賞、それも100万円の実績はなく多くが10~30万円。こうして見ると、動機は報酬でも人事考課でもないようだ。そのポイントはどんなアイデアでも真剣に聞くこと。そして、真剣に取り組んで少しでも形にしようと全社挙げて努力する。これに尽きるという。自分のアイデアが形になっていく、そのうれしさがたまらないようだ。もちろんアイデア提案書を書くのは業務内である。米国で最も革新的な企業といわれるスリーエム(3M)には15%ルールがある。所定の労働時間の15%は業務以外の創造的な仕事をしなければならないという決まり。つまり人間は面白いこと、わくわくすることが好きなのである。恐らくサークル的な感覚で仕事が進められているのだろうと思う。そこの不思議さ、社員心理の不可解さに多くの経営者は気づいていない。もちろんつまらないのも多いと思うが、それをもきっかけにしてアイデアを洗練させていくシステムはやはり、企業の持つ風土といえるかもしれない。開発手法には大別して2つある。マーケット・インとプロダクト・アウト。しかし小林製薬では自らの手法をユーザー・インといっている。マーケット・インは調査を極め、市場の声を聞きながらというもの。いわば形式知の部類。プロダクト・アウトは、例えばウオークマンのように、皆に反対されたが製作者の意図だけで作り出した手法。それではユーザー・インとは。車の販売店にお客がカローラを買いに来て、スポーツカーを買っていくケースだ。ユーザーもどうも本当のことはいわないし、わからない。そこでもっと耳を澄ませて聞き出して製品化する、いわば暗黙知の部類。そして、新しいものを求め続け、人と社会に素晴らしい「快」を提供するというのが基本ポリシーだ。

それでも、大切なのはやはりトップリーダーの資質。創業者・小林忠兵衛の曾孫にあたる小林一雅氏だ。同社入社2年目の1963年。米国視察に出かけてものすごいカルチャーショックを受ける。将来社長になるにしても英語はもちろん、米国のあらゆるものをいま吸収しなければならないと思い詰め、留学を決意する。この時見た米国のスーパーに所狭しと並んだ衛生用品、各家庭のトイレのきれいさ。日本も将来絶対にそうなると確信する。留学から帰国した小林は躍起となるが、待ち受けていたのは「リスクの大きい製品開発に、卸業の本業で稼いだ金は回せない」「卸で取引しているメーカーと競業するような製品はタブー」の声。やむなくニッチ(隙間)分野でなら、と反対を押し切り、最初の製品が「ブルーレット」そして「サワデー」。これが予想を超えるヒットとなる。「小さく入って、大きく育てる」がコツというが、カリスマだからいえること。東京電力が05年までに新規事業で売り上げの10%を目指したいと、そのコツを教えてほしいというが6兆円企業では無理というもの。

これだけの成長企業でも悩みを大きい。継続をも悪とする創造革新か、はたまた改善改良か。小林製薬の対極にあるのは大塚製薬の経営。オロナミンC、ポカリスエットなど数少ない製品を徹底して売ることに徹している。

さて、あなたの企業はどちらを目指す。

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