アルミ王国と呼ばれた富山で、なぜ手が挙がらなかったのか。素人の素朴な疑問ながら、歯がゆさを感じている。次世代EV(電気自動車)で先行する米テスラが、車体製造にギガキャストを採用して画期的な効率化を図っている。ギガキャストというのは大型の鋳造設備で、従来多くの部品をボルトや溶接で組み合わせていたが、車体を前部・中央・後部など大きなパーツに分けて一挙に成型する。20年のテスラのモデルでは、171個の鉄板部品を前部と後部のふたつの巨大アルミ部品に置き換えている。これによって製造コストは2割下がった上に、エンジン車では鋼板部品の重量が全体の9割を占めていたので、軽量化は大幅に改善された。これにより鋼板のプレスメーカーが不要となり、自動車部品の供給網が大きく変わる。販売網にしても、ヤマダ電機が従来のディーラー主体の販売網に取って代わろうとしている。つまり、EVは家電品のひとつとみているのだ。ソニーの参入もこれで頷ける。
テスラのEV原価は21年に17年比で半分に下がった。その分収益力が上がり、1台当たりの純利益はトヨタの約4.8倍となっている。こうした変化に中国企業がすぐに追随し、ボルボやフォルクスワーゲンも踏み切り、トヨタも遅ればせながら26年に導入する。
ギガキャストはテスラCEOのイーロン・マスクが思い付いたというが、これくらいの思いつきは誰でもできたのではないか。コロンブスの卵である。トヨタ技術陣の多くも気付いていたはずである。
7月9日日経は、広島本社のリョービがギガキャストに新規参入すると報じた。約50億円を投じ、静岡県菊川市にこのための工場を作る。リョービと聞けば釣り具を思い起こすが、今やアルミダイカストのトップメーカーである。半面、アルミ王国の富山ではどうか。まず思い浮かぶのは三協立山。60年の創立だが、アルミサッシ勃興期で急成長し、われらが同期30人以上がお世話になった。時を経て住宅、店舗需要が頭打ちになる中で、もがき苦しんでいるように見える。15年にドイツ進出を決め、フォルクスワーゲンへの部品供給と聞いた時には、活路になるかと思ったが、22年末には閉鎖を決めた。多分、ギガキャスト情報もその頃当然耳に入っていただろう。
一方で、ギガキャストとは対極の精密金型でのスモールキャストともいえる三光合成は、スズキのインド展開に対応してインドでの新工場建設に投資する。しかし、部品そのものが激減するのだから、楽観は許されない。
さて、エンジン車からEVへ、薬品は化学からバイオへ、AIは否応なく迫ってきており、半導体も猛スピードで駆け抜けている。この産業大転換の波は企業経営に厳しい決断を迫っている。三協の創業者であった竹平政太郎ならと思うが、記憶に残るのは富山県に腎バンクを作りたいという訴えに即答し、ポンと3000万円を寄付したこと。またEV転換で苦しむホンダ系列の田中精密工業だが、創業の田中儀一郎はトイレ掃除がモノづくり精神の基礎だと、工場のトイレはいつもピカピカであったこと。
彼ら創業者は天からこの状況を見て、意外と笑っているのでは、と想像する。どうしようもない時はどうしようもない。すべて捨てよ。守って守れるものではない。また一から始めればいいのだ。