テレビと映画の垣根がますます低くなっている。東海テレビ製作の「人生フルーツ」が映画館動員数で28万人を記録したのが2017年。富山のほとり座で見たのだが、90歳に近い建築家の夫が家の造作を器用にこなし、料理好きの妻は日々おいしい手料理を食卓にのせる。幸せを絵に描いた暮らしの中で、夫はある朝、眠るように亡くなり、妻も自然に夫の死を受け入れる。こんな死に方をしたいものだと思った。ローカル局の才能が、全国相手の映画館上映で数億円稼ぎ出すという驚きの発想だ。富山チューリップテレビの五百旗頭幸男が富山市議会の政務活動費の不正を追った「はりぼて」がこれに続き、石川テレビに転じた五百旗頭は今「能登デモクラシー」を世に問うている。
月刊誌「創」7月号は「ドキュメンタリー映画の現在」と銘打って特集している。撮影機材である高画質のカメラが小型化して、なおかつ低価格となった。これが大きい。一方でネットフリックスなどの配信会社のもとで、海外でもドキュメンタリー映画がヒットするケースが増えている。伊藤詩織の「ブラック・ボックス・ダイアリーズ」などは海外の評価が先行した。
そんな中で昨年末公開の「それでも私は」が大ヒットしている。観客動員12万人、興行収入2億円を超え、まだ伸びることは間違いない。誰あろう、「私」とはオウム元教祖・松本智津夫の三女、松本麗華だ。死刑をテーマにしている長塚洋が監督で、長塚は撮影直前に亡くなった母親の保険金を製作に突っ込んでいる。この着想に自信があり、賭けたいと思ったのだろう。自分がどんなに生き辛い状態なのか世の中に知ってもらいたい、が三女出演の動機。16歳の時教団を離れているが、スポーツジムに通っていると、「どのお金でスポーツジムに通っているんだ」と怒鳴られて退会。空手教室では、あなたが来ると弟子がみんな辞めるから「お願い、来ないでほしい」といわれる。それを乗り越え、83年生まれの彼女は文教大学臨床心理学科を本名で卒業し、インストラクター、カウンセラーとして活躍している。富山での上映が待たれる。
もう一作を紹介したい。「どうすればよかったか?」。両親の影響から医師を志し、医学部に進学した姉がある日突然、事実とは思えないことを叫び出した。統合失調症が疑われたが、医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診から姉を遠ざけた。その判断に疑問を感じた弟の藤野知明(監督)。両親に説得を試みるも解決には至らず、わだかまりを抱えながら実家を離れた。 このままでは何も残らないと、映像制作を学んだ藤野が20年にわたってカメラを通して家族との対話を重ね、社会から隔たれた家の中と姉の姿を記録した。いわば私小説だが、動員が15万人を超えている。
ヒットの背景に、現実がフィクションを超えている、ということがある。諸君!ペンを捨てて、カメラを持とう。