究極は人間再生

銀行が本当に変わるかもしれない。そんな予感を感じさせるシンポジウムであった。あの島津製作所をスピンアウトして創業20年のセト電子工業の南雲さんは「資金繰りで苦労ばかりの20年。倒産の危機を救ってくれたのは銀行ではなく、心ある経営者。前金で支払ってくれた。君のところの技術力、発想力はいいと励ましも受けた。銀行が本当にそうなるのなら、15年くらい若返ってやり直したい」。雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を差しかけてくる。別の経営者はこう吐き捨てる。事業がうまく回転しだしてから、金利を1%台で5000万円借りてくれませんか、とやってくる。瀬戸際の時に、ろくに担保もないでしょうと切り捨てた銀行が、と銀行批判が相次ぐ。担保主義を貫き、不動産価値が下がると更に担保を追加させ、その上に保証人を何人もつけろといい。果ては自殺による保険金での解決に追い込む。こんな発言に富山第一銀行の金岡頭取も耳を傾けている。
 シンポの風向きが変わったのが、200億円を手にスタートした地域再生ファンドのひとつ「ジェイ・ウイル・パートナーズ」の発言から。日本政策投資銀行を中心に地銀などが拠出した。この企業は独立系だが、大阪、大分、埼玉、新潟、北海道などで地銀中心に生まれている。再生可能な中小企業をこれで生き返らせようというもの。債権、不動産、株を買い取ることができて、多彩な手法が駆使できる。この200億円が300億円に価値が膨らむかもしれない。しかし行き着く先は「ひと」になる。経営の傾いたホテルなり、金型製造業なりをきちんと軌道に乗せる「ひと」が得られるかどうか。アメリカではそんな経営のプロ集団ネットワークがあるという。資金がスムースに成長分野に流れ、若い働き手が眼を輝かせて汗を流す。そんな光景を早く見たいものだ。銀行の虚像が崩壊したのはいいことだ。地域再生に地域のカネがまわりだす、このシステムをぜひ成功させてほしい。
 「北陸の金融経済を考える~貸手と借手の共生を目指して~」。4月8日、金沢で開催された。北陸財務局の主催。西村財務局長は、赴任するまでは広島大学で2年間教鞭をとっていた。役人らしからぬ感性を持っているが、いつも役人の殻に窮屈そうに自分を押し込めようとしているように見える。これを機に解き放ってほしい。
 この10年以上の閉塞感には誰もが飽き飽きしている。この空気が右傾化に拍車をかけている。こうしたちょっと変わるかもしれないと思う時に、的確にダイナミックな転換を予感させる手を打てば、意外に早く舞台の情景が変わるかもしれない。
 いま最も見たくないのが、若者の卑屈さ。卑屈さを強要させる経営手法はもっといけない。そうした意味では、人間再生につなげてほしい流れだ。
 ところで、加山又造さんが亡くなった。追悼を込めて、あの裸婦デッサン画集「ゆふ」を取り出して見ている。画家とモデルの緊張感が、見るものをぞくぞくさせる。人間の生きる根源「性」を素直に表現しているからだろう、とひとり納得している。画家は進歩はしない。作風は変わるが、これは進歩ではない。面白いから描き、面白さは描く相手が教えてくれる。飽きることがない。加山又造はメカに強かった。墨の濃淡を科学的に把握していた、と詩人の大岡信がいい。同じ画家の石本正が、スキーに凝っていた意外な加山像を回顧している。
 企業だって、仕事だって面白くなければいけない。でも、この面白いと思える境地になるためには、やはりそれなりの辛酸をなめなければならない。そのあとに、佳境が待っている。若者たちよ、簡単には面白さが手にはいらないのだぞ。
 われら老体もこの際、この潮目の時に手を貸そう。新しいデジタルカメラを買って、裸婦撮影会にでかけるのだ。

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