ドイツの動揺

 ベルリン在住で、78歳のジャーナリスト・梶村太一郎のレポートに目を見張った。「危機に立つヨーロッパ民主主義 ドイツ連立政権崩壊」(月刊地平1月号)。トランプの登場は、ひょっとしてヒトラーが全権委任で独裁権を得た1933年の情況に似ている。そう直感したという。どんなデマでも正当化し、嘘と事実をまったく区別しない。大衆迎合のためなら、自分の噓も選択的事実であると主張しつづける稀代のデマゴーグであり、ヒトラーになぞらえても不思議ではない。そこに時期を合わせるように、ドイツの連立政権崩壊をはじめとした西欧各国に極右政党の台頭現象が絡まってきている。加えて、ウクライナ、ガザ中東が危険因子となり、混沌に拍車をかけている。世界は第3次世界大戦という奈落の淵にさしかかっているといっていい。

 ドイツの現状はどうか。コロナ禍による財政支出が増大する中、シュルツ政権は連立相手の自民党が財政緊縮策に固執していて、身動きが取れない。加えて、ウクライナへのロシア侵攻でのエネルギー代替供給、同国への膨大な民需・軍需援助費、従来の難民に加えて押し寄せたウクライナ人120万人の生活援助費など、財政基盤の底が抜けようとしている。シュルツは自民党を政権から追い出して、25年9月予定の総選挙を2月に繰り上げて信を問う。確信があるわけではない。今年9月に実施された旧東独3州議会選挙で極右政党「ドイツのための選択肢」がいずれも30%前後の得票率で大幅に躍進している。右傾化の本質は西欧先進国に根強い反イスラム主義の台頭で、オーストリアやオランダでは極右政党が第1党となっている。この攻勢を辛うじて防いでいるのは、排外主義の極右との連立を一切拒否する「防火壁」原理が浸透しているからだ。これもオランダでは覚束なくなってきているが、ナチの再来は何としても防ぎたいEUの意志は健在である。

 更にドイツでは頼みの経済が低迷している。フォルクスワーゲンが中国だけでなく、おひざ元のヨーロッパ市場でも中国のEVメーカーとの競争を迫られ、国内工場の閉鎖など大量の従業員削減に追い込まれている。産業構造の切り替えがうまくできず、半導体、バイオ、AIで抜け出すことができていない。

 トランプを制御できるとすれば、EUの中核であるドイツしかない。G7でメルケルがトランプに立ち向かう光景が思い出される。そのドイツの混迷がトランプを野放しにしようとしている。

 梶村の妄想は更に続く。23年10月7日のハマスのテロ攻撃が、43年のワルシャワゲットー蜂起に映るのだ。絶滅収容所への最後の移送を前に乏しい武器を手に蜂起したが、ナチス占領軍に徹底的に殲滅されたユダヤ人たち。80年後の今、かっての被害者が逆に占領者となってパレスティナ殲滅戦を行っている。このパラドックスをどうみるのか。

 焼き尽くし、奪いつくし、殺し尽くしても、決して平穏はやってこない。シオニズムに未来はない。

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