「しゅくだいやる気ペン」

 日本経済の低迷は続く。「失われた30年」から抜け切れず、画期的な技術も、革新的組織も、世界から注目される経営者も現れず、抜け出すきっかけさえつかめていない。何をどう間違えたのか。10月8日の日本経済新聞は、経営学の泰斗と称して88歳の野中郁次郎・一橋大学名誉教授が登場させた。藁にもすがる感じの紙面。「失敗の本質」で日本軍組織の愚かさを抉り出し、「暗黙知」「形式知」の相互作用で知識創造企業を説き起こしたあの人である。懐かしい。早大を出て富士電機に入り、滑川市にある北陸工場勤務を経験している。そんな縁もあり、富山で講演会を開き、北陸先端大に赴任する機会を捉え、ビジネススクール富山版を開いた。懇親会で自衛隊出身の澤田寿朗・元滑川市長と肩を組んで軍歌を歌い出したのには驚いた。洒脱の人である。

 それはさておき、日経の見出しは「企業の失敗、野性の喪失から」「数値偏重では革新起きず」。ソニーを再生した平井一夫は、改革にはIQ(知性)よりEQ(感性)だと説き、感動というパーパスで自信を失いかけた社員のマインドセットを変えた。ホンダは経営や商品開発について現場の社員と徹底的に討議する「ワイガヤ」で、集合的に本質を直感する場としてきた。またエーザイの内藤晴夫CEOは30年前に知識創造理論を採用し、研究所に泊まり込み「何のために新製品開発が必要か」を問い続け、あきらめなかった結果が認知症治療薬「レマネカブ」につながっている。

 そんな経済事例を挙げるのだが、政治にも言及する。最近の国家運営の失敗は、時代が要求する方向でなく、取りまとめる人々が好む方向に進めている。失敗の本質で描いた日本軍の姿と重なる。ベトナム戦争を指揮したマクナマラ国防長官はち密にデータ分析を駆使したが、ベトナム人の愛国心や強さを洞察することができなかった。独善的な戦略で甚大な被害を出した。そのような戦略的なナルシズムを犯さないことが国家のリーダーに求められる。

 もうひとつ付け加えておきたい。企業にとって最大の課題は「本来、人の上に立ってはいけない人がトップに立つこと」。ダメな奴をトップにいただくと、どんな企業でも退化していくしかない。トップをどう選び出していくか。社長公選論も出ているが、課長クラスから公選制を導入すべきだと主張するのが作家の立石康則。一緒に働いている職場や現場の人たちこそ、誰がリーダーに相応しいか知っている。こうした前段階から公選制を導入することで、大企業病を防ぎ、組織を活性化させることが可能になる。こんな提案を面白がってやってほしい。野性的な革新はこんなことから生まれる。

 はてさて、藁にもすがる気持ちはわかるが、足元の現場現実にこそ解決策がある。リクルートワークス研究所が野中の監修で「成功の本質」と題して企業事例を連載している。コクヨの「しゅくだいやる気ペン」が面白い。税込み6,980円だが、買ってみたい。こんな製品が現場での形式知、暗黙知の相互作用から生まれる。職場に自由に発言できる空気が醸成されていることが前提。結論は、諦めずに自分にできることをやるしかないのだ。さあ、老いも若きも頑張ろう!

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