連累

 韓国の大統領が徴用工問題で大胆な譲歩策を打ち出し、日韓関係が改善するや否や、バイデンがこの機会を逃がしてなるものかと、キャンプデービットでの日米韓首脳会談を持ち込んだ。中国の台頭に対して、日米韓で対抗する構図だ。日韓の危うさを懸念する暇を与えないで、既成事実を積み上げようというもの。一方で、日韓を捨て駒にする米国の底意も疑うことができる。これらの動きに対して、素朴で無力な個人であっても、自分の言葉でその危うさを語ってみたい。

 実は8月16日、 新しいパスポートを申請した。取り寄せた戸籍謄本には「昭和20年8月30日、朝鮮全羅南道光州府で出生」と明記されている。10年有効なので、2033年まで海外渡航可能ということになる。取り敢えずの日程だが、10月12日からの光州訪問を予定している。このパスポートはほぼ韓国訪問用だ。

 そこにこんなニュースが飛び込んできた。韓国の全州地裁が、徴用賠償金の供託不受理、財団の異議申し立てを棄却した。韓国政府の解決策を受け入れない原告の賠償金供託を受け付けず、韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が行った異議申し立てを棄却したのだ。徴用工問題がまた振り出しに戻ってしまう可能性がある。つまり、韓国大法院が個人請求権を認め、日本製鉄、三菱重工業に賠償を命じた判決を実行せざるを得なくなる。三権分立からすれば当然のこと、大統領でもくつがえせない。日本政府は元の木阿弥と、キャンプデービッド合意も破棄するのだろうか。

 ここからが本論である。尹大統領の謝罪も賠償も不要とする譲歩に、棚ぼたではないかと飛びついた日本外交の品性の無さ、何の矜持もない。マスコミも総じて、日韓友好のこの好機を無駄にすべきでないと論じた。77歳の老人は自らの生地・光州で、こんなことを語ろうと思っている。

 1枚の記念写真がある。1940年10月光州の自宅前で、わが両親が刑務所の看守服姿で映っている。29歳と25歳の共稼ぎで、給料が合わせて140円。全羅南道知事の俸給180円と比較して、その幸運を誇っている。歴史は年表だけではない。庶民のオーラルヒストリー(聞き語り歴史)にこそ真実が宿っている。植民地支配の手先となった庶民が、これほどの生活水準が享受できたのである。

 連累という批判的想像力から説明すると、わたしは直接に土地を収奪しなかったかもしれないが、その盗まれた土地に住む。わたしは「他者」を具体的に迫害しなかったかもしれないが、正当な対応がなされていない過去の迫害によって受益した社会に生きている。私という存在は、この連累によって生き永らえてきた。

 日韓関係を政府レベルだけに押しとどめ、時に米国の圧力の下で何とかしのぐだけでは「真の和解」につながらない。市民レベルのソフトパワーを活かしながら、細々でもつなぐ試みを意識的に重ねていく必要がある。歴史認識では、歴史を庶民レベルまで含めて検証し、植民地支配の実相を明らかにし、謝罪しすべきは謝罪し、個人請求権に基づいて賠償していくのが基本である。対等で真摯なやり取りをしたい。

 そして願いは、あのローソク革命を主導した韓国若者世代と、安保法制反対で立ち上がったシールズ世代が活発に交流して、日韓の未来を切り拓いてほしい。

 

<講演会のお知らせ>

関東大震災100年記念講演会「描かれた朝鮮人虐殺絵巻を読み解く」

とき=9月30日(土)午後1時30分~4時 会場=富山市・サンフォルテ307号室

講師=新井勝紘・元専修大学教授 参加費=1000円(学生無料)

 

 

 

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