福音館書店と松居直

 金沢香林坊で、福音館書店の小さな看板を見つけたのは20年前。絵本・児童書の福音館書店は創立70周年というが、発祥はカナダ人宣教師が金沢で開いた小さな書店だった。キリスト教系の本を販売していたが経営は厳しかった。経営を引き継いだ佐藤喜一は一般書に加え、社会運動家の賀川豊彦が考案した洋服までも売っていた。戦後は出版にも乗り出したのだが、そこに救世主の如く、自らを「編集職人」であり「近江商人」とも呼ぶ松居直が加わる。

 こんな裏話だ。松居が同志社大学法学部の学生時代の下宿先が、京都に住まいを持っていた佐藤喜一宅で、その娘・佐藤身紀子と恋仲になり、結婚する。戦後の51年、他に就職先もなかったのだろうか。義父の営む金沢の福音館書店に25歳で入社する。持ち前の編集才覚がすぐに芽吹いたのか、「中学数学公式集」「福音館小辞典文庫」シリーズがヒットした。この勢いを東京で生かそうと、佐藤社長、松居編集長で東京進出を果たす。松居の幼児体験だが、洋画家の須田国太郎が叔父で、彼のアトリエに入り浸って、上村松園や竹内栖鳳らの作品に日常接していた。そんな美術的素養が絵本作りに生かされていく。人の縁という不思議さが、児童出版のダイナミズムを生み出していった。

 月刊「母の友」創刊が53年、「こどものとも」創刊が56年と矢継ぎ早である。自ら子育て中であり、妻や子供に読ませたいとの思いがあったのだろう。月刊誌を持つというのは大変だが、人材発掘や実験的な試みなどに実に有効に作用していく。無名であったいわさきちひろ、安野光雅、長新太などの才能が発掘されていった。また、子供の絵と大人の絵が截然と区別されていた時代だったにも拘らず、児童書に秋野不矩、朝倉摂、丸木俊、堀文子といった一流の画家たちを起用していった。作家に対しても、デビュー後さっぱり売れていなかった作家を、「あなたが面白いと思うものを書いていいんですよ」と励まし、開眼させ、大ヒットを生み出す手助けをやっている。双子の野ネズミを描いた「ぐりとぐら」は、中川李枝子(作)と山脇百合子(絵)姉妹によるものだが、「母の友」で試み、「こどものとも」で連載し、好反応を得て、通算2700万部を超える大ベストセラーに仕立てあげた。海外作品であるディック・ブルーナのミッフィーも、「うさこちゃん」としてヒットさせた。稀有な才能といっていい。

 松居は68年に社長に就任している。戦後の児童文学をけん引したことは間違いないが、東洋英和女学院などで児童文学や絵本論で講義もして何とか若い人材という思いが強い。何よりも福音館従業員の平均年収1200万円というのも、近江商人を自称する所以であろうか。初版から版を重ねるごとに利益が膨らむ。意識しなくとも、後ろを振り返ると利益が積みあがっている。経営はかくありたいもの。

 そんな松居も、11月2日東京都内で亡くなった。享年96歳。晩年に金沢にもよく足を運び、窓越しに金沢の街を感慨深く眺めていたという。現社長の佐藤潤一は「若い編集者にも挑戦してほしい」と語る。

 明日から師走、愛用の湯たんぽを出してきた。

 

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