Dear Pyongyang

ベルリンの壁崩壊に次ぐ歴史的な場面に遭遇するかもしれない。北朝鮮・金正日体制崩壊が意外に早い予感だ。しかし、誰も真剣に考えていないようだ。ライス米国務長官の日、韓、中、露訪問は、崩壊後の具体的なシミュレーションプランを持って、その打診ということも考えられる。一連のマスコミ報道は無難な観測記事ばかりで、全く的外れではないかと思っている。韓国の人口4700万人に対して、2200万人といわれる北朝鮮の人々にどんな未来があるのか。民族の分断をいつまでも許していいわけがない。“ほの見える民族統一の島影”が合意され、如何に到達するか、そこから考えねばならない。間違っても、再び国際政治の道具にしてはならない。しばらくは国連統治でもいい。地下抵抗組織がひょっとしてあるなら、それもいい。いろんなことが想定されるが、その前にこの映画「Dear Pyongyang」(渋谷シネラセット)を見て欲しい。
 日本映画である。大阪市生野区、猪飼野に住む在日コリアン2世の梁英姫(ヤン・ヨンヒ)が10年間にわたって、父親を中心に家族を撮影した。資金がないので家庭用ビデオで撮り続けたものだが、北朝鮮に住む3人の兄への思いが映像に奥行きを持たせている。
 主人公となる父親は、15歳の時に済州島から渡ってきた。終戦を日本で迎え、北朝鮮を祖国として選び、朝鮮総連の中心メンバー。部屋の書棚には金日成全集が並ぶ。3人の息子と1人の娘をもうけた。1971年、3人の息子を帰国させた。祖国の社会主義建設に参加させるためで、約10万人が帰国している。01年秋、ピョンヤンで父の古希を祝うことになった。
 さて、北朝鮮での撮影だ。玄関口・元山港は20年来変わっていないというが、ピョンヤンまでの風景も荒涼としたものだ。活気も人の気配もない。3人の生活は父親が朝鮮総連の幹部ということもあり比較的良好といえる。しかし、母親が年に何度も送る生活物資が生活を支えているといっていい。長兄のアパートは、いわば古い公団アパート。壁や床には穴があいている。不似合いにピアノが置いてあるが、息子が音楽舞踊大学付属校で音楽を学び、トップ3に入る名手という。停電の中で弾くリストに祖父母は目を細める。古希のパーティには全国から100人が集まった。帰国組みがほとんど。豪勢な料理が並ぶ前で、勲章を胸いっぱいにつけた父親はあいさつする。「まだ忠誠心が足りない。これからは自分の子供や孫達を革命家に育てることが私に残された仕事である」。このパーティ費用25万円は両親の負担である。兄達もほとんど自分を語ることをしない。たわいない日常会話がやり取りさせるだけである。
 梁英姫は東京の朝鮮大学校を出て、教師、劇団女優、マスコミに従事し、97年から6年間ニューヨークに滞在し、映像取材、メディアを学んでいる。当然父との葛藤に悩んでいる。この映画のいいところは、現実を肯定的に描きながら、時代を批判し、時代を憂えている凄さが出ているところだ。大声を張り上げているわけではない。申し訳ないが、拉致被害者家族の方達より余程説得力がある。
 中川自民党政調会長、麻生外相、この二人にはぜひ、みてほしい。無駄だと思うが、その上でどんな核武装論議をするのか、だ。中川の持論は、国民の万一を考えない政治家は政治家ではない。その万一のために核武装の選択を考えて何がおかしい。金体制も自分の万一を考えた。恐らく世界中の政治家は万一のために核武装をするといい出すだろう。誰もそれを否定できない。そんなレベルなのである。
 繰り返しになるが、圧政に苦しむ多くの人々を思うことであり、韓国の歴史、民族に思いをいたすことだろう。東西ドイツ統一を超える創造的なプランで、イニシアチブをとることこそ日本外交の最大使命である。そして日本の果たすべき役割を世界に宣言することだ。それによって、わが国も生き返るに違いない。

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