参院選の投票まであと4日。これだけは伝えておきたいという人は、自分だけではなかった。北陸中日新聞(7月17日朝刊)「本音のコラム」は文芸評論家の斎藤美奈子だが、「れいわの一揆」と題して小気味のいい啖呵を切っている。山本太郎率いる「れいわ新選組」が街頭とネット上で巻き起こしている旋風は、既に社会現象だ。大きな人垣と熱い声援。これはもう一揆、いや民主化闘争じゃないか。テレビも新聞もアリバイ的な報道でお茶を濁しているが、一体誰に忖度しているんだ。投票する、しないはあなたの自由だ。しかし、この現象を知らずに投票日を迎えるのは、人生の損失。騙されたつもりで演説会の動画をぜひ見てほしい。選挙を見る目が絶対に変わる。江戸っ子だろう、心意気ってぇものを知らねえのかい。という具合だ。
実は7月10日の「本音のコラム」でも、マスコミのアリバイ的な選挙報道を批判している。選挙情勢で半数が投票先未定で、「自公、過半数へ勢い」という見出しは一体どこから引っ張り出せるんだ。「情勢は流動的」と打つべきだろう。有権者に「どうせ変わらない」とイメージを増幅させる狙いがあるとしか思えない。投票先未定の迷える有権者のためにこそ、流動の現場を取材し、異色の候補者を追い、街頭の熱気を伝えるべきだろう。そうすれば、ただ伝えるだけで政治は確実に変わっていく。
そして、ショーパンハウエルが唱える新しいビジョンが世に受け入れられるまでの4つの段階論を持ち出して説く。1.沈黙、2.嘲笑(現実がわかっていない、バカじゃないのか)、3.疑い(本当の狙いは何だ、誰かの回し者だろう)、4.同意(私も前からそう考えていた)。これに倣うと報道各社の段階は1、よくて2だと断罪している。れいわ新選組が政党として、同意まで進化していく可能性を秘めている。斎藤美奈子は、そう確信している。
ふと、政権を取ると公言する山本太郎を見ていると、自由民権の先駆けとなる秩父困民党事件を思い出した。困民党・井上伝蔵の生涯とダブってくる。農民の窮状を見かねて、妻子も何も打ち捨てて武装蜂起に加わり、死刑判決を受ける。しかし、この義侠の男を民衆は見捨てない。2年間土蔵の中にかくまい、村民の誰一人密告することはなかった。その後、北海道に逃げる。そこで名前を伊藤房次郎に変えて、開墾をし、文具店を開き、人望を得て、所帯を持って子もなしている。そして死ぬ10日前に、枕辺に家族に呼び、自分の過去を話した。04年制作の映画「草の乱」を、ぜひ見てほしい。困民党の度胸と覚悟が、れいわ新選組の面々に見て取れる。蓮池透がいう。われわれはゆるいつながりだ、太郎が絶対的な権限を持っているわけではない。党と個人の在り方が政党の最も肝要なところで、民主主義の質が問われる。既成政党にとっても刺激的な存在になることは間違いない。
自民党の大臣経験者から電話があり、頑張ってほしいとエールを贈られたという。小選挙区のもとでは、党公認がなければ選挙に出られない。自分のキャリアを断絶させないためには党執行部に従うしかないのだ。いつか真っ当な自民党になるだろう、と。そんな悠長な時間は残されていない、と山本太郎は返す。同じく財政再建論者は次世代に過重な負担を残したくないというが、これも今を生きられない人間がほとんど、待ったなしの社会保障の充実こそ次世代のためなんだと切り返す。
この参院選でそんな夢を一緒に見たいものである。