理想の社会がすぐに実現するわけではない。100万人を超えるソウル市庁舎前を埋め尽くしたろうそくデモで生まれた文在寅政権は、果敢な改革策を断行しているが思うように動いていない。そのデモ参加者たちも文政権の行く末に疑念を持ち始めている。そんなところにこの本を読み、文大統領の苦衷に思いを馳せた。やり切れない思いだろうが、これは韓国現代史がもたらした不条理の壁でもある。これを乗り越えない限り、韓国の未来も、日韓友好というわが思いも達成することはできない。
さて、この本とはたまたま書店で目にした「韓国 行き過ぎた資本主義」(講談社現代新書)。無限競争社会が繰り出す生き残り競争に韓国民の多くが翻弄されている。苦悩は深く、耐えがたい。著者の金敬哲は日本に留学し、東京新聞ソウル支局記者を経て、今はフリーで活躍している。多分50歳くらいの女性だ。韓国のこの現実が日本の明日の現実になろうと予言し、嫌韓と片付けないで、苦しんでいる韓国民の真実を見てほしいと結ぶ。
韓国現代史がもたらした不条理から始めよう。35年余の植民地支配から抜け出し、ようやく建国となったのが大韓民国。すぐに南北分裂となって朝鮮戦争が引き起こされ、全土が廃墟となった。軍事クーデターで朴正熙政権が発足すると、国家主導の強引な成長政策を推進しようとし、日本から得た経済協力金で弾みをついた。全斗煥、盧泰愚と続いた30年間で平均9.4%の成長が続き、ひとり当たりの国民所得は67ドルから、何と3万ドルに達した。異常な圧縮成長はとにかく効率最優先。限られた資金と資源は財閥に投じられ、市場を独占し、経済成長の骨格は出来上がった。だが、日本の中小企業や地方企業のような細胞は育たなかった。成長のためには手段や方法は選ばない。その弊害を抱えたまま、アジア通貨危機に巻き込まれる。IMFに国家財政の主権を譲り渡し、その救済にすがるしかなかった。大統領に就任した金大中は「国が破産する危機にあり、物価は上昇し、失業も増え、企業倒産も続出するだろう。汗と涙と痛みをみんなで分かち合って乗り切ろう」と語りかけた。民主改革を唱える金大中だが、皮肉なことに現実の経済政策は規制緩和、民営化、労働市場での非正規、リストラ容認となった。そんな劇薬療法で何とか借り入れを早期に返済し、経済主権を取り戻したが、この過程での分断・不平等が重い後遺症となって今に続いている。一度貧困に落ちると這い上がれない。冷徹な現実をみた大衆は、容易に政治家の言を信じない。
簡単に韓国民衆の現実を見ておこう。強烈な学歴社会が蔓延している。小学5年で高校1年の数学や英語を先行学習する塾の存在など当たり前。親は教育費に悲鳴を上げ、子供はその期待に応えようと呻き、幸福指数はOECDの中で最下位。その結果が世界一低い出生率となる。どの政権も教育改革を掲げるが、親たちの疑心暗鬼がその実現に立ちはだかる。N放世代というのは、恋愛・結婚・出産をはじめ就職、マイホームなどすべてをあきらめる青年世代を指す。雁パパというのは、子供の教育のために妻子を海外に行かせ、自分は残って送金をする父親だ。高齢者も年金制度の遅れから貧困率は極めて高い。
文大統領は手をこまねいているわけではない。しかし経済は生き物、最低賃金の急速な引き上げは自営業者の廃業が相次ぐなど裏腹な結果になってしまう。内憂外患で悩みは尽きないが、ここが辛抱のしどころ。昔の朴政権の戻すわけにはいかない。北のミサイルは少なくともソウルを狙っていない。この平和認識こそ文政権の基盤だ。エールを送りたい。
よく見てみると、日本も「ゆるく生き延びやすい隙間」が多少あるようだが、基本的には同じ。アベ政権の輸出規制強化は愚策中の愚策だ。総額9兆円の貿易相手国に、自由貿易を掲げるわが国が最もやってはならないこと。韓国の経済構造を変えるために、何ができるか。不条理な構造を作り出した原因はやはり日本にある。そこからスタートしていこう。