「選挙カー?使わない。お金?使わない。それでも選挙に勝てることを私は知っている」。彼の決断は唐突に見えるが、ある種の作戦めいた戦略が隠されている。県議選出馬表明は告示10日前の3月22日。速からず、遅からず。富山県中新川選挙区の定数は2。自民現職2名は前回無投票当選。そこに2名の新人無所属が挑む。その無所属新人のひとりが、百塚怜(ひゃくづか・れい)。33歳。
初めて挑んだのが21年10月の上市町議選。病院の看護師として3交替勤務の傍ら、骨折しやすい難病の長男の介護が重くのしかかっていた。パート勤務を申し出たが断られ、退職せざるを得なかった。医療ケアの必要な未就学児童の施設で非常勤となったが、このままでは展望が開けないと悶々としていた時に、町議選の噂が周辺でささやかれた。そして閃いた。町議となって医療、福祉の課題解決に取り組みつつ、議員報酬と非常勤で生活がまかなえる。昔からピンチに強かったが、思いがけない創造力がピンチの時に湧き出してくるようで、アイデアあふれる選挙活動を実践していく。
選挙ポスターは「かみいちが好きだ。百塚怜 31歳」と大書され、大岩日石寺をバックに幼い長男を抱いている。誰にも頼らず、政策提言集をひとりで書き上げ、3000部印刷し、自ら配り歩いた。選挙カーを使わず、名前のマグネット看板を貼るだけの軽四に乗り、徹底的に辻立ちをやり、はがき、電話などの従来手法は一切やらなかった。「30代・障害児の子育て中・看護師」。自分に宿る当事者としての3つの条件を徹底して訴えた結果、719票を獲得。15人中8位の当選を果たした。
さて、上市町議1年半で辞職しての県議挑戦に打って出た動機だが、医療福祉は市町村レベルでは何の解決にもならない。地域の医療モデル構想作成は県が担っている。といっても厚労省のさじ加減によるが、一定の予算規模があるので独自性を出すことも可能だ。限られた人生時間の中で、猶予はできないと判断したのだろう。捨て身の挑戦だが、清々しく思える。
告示日の3月31日、上市町森尻公民館で午前10時から、個人ビラに証紙を張る作業が始まった。公選法の理不尽さの象徴のような無駄なもので、100枚張るのに20分かかる。ひとり1000枚を目安に16人で弁当を食べて4時間要した。駆け参じたが、無駄の効用もあった。赤ちゃんも来ており、笑い顔に一緒に笑い、鳴き声に同時にあやし声を挙げた。滋賀県大津市から上市に移住し、有機農業に携わる人や、介護職を24年続けてきたがもう限界と転職を決意した人が、問わず語りの自己紹介の場となり、世の中の動きを感じ取ることができた。輪は小さいが大きな可能性を感じさせる輪であった。
もうひとつ、選挙に出るというハードルを下げる百塚効果だ。経営者か、組織が選挙をやってくれるか、それとも自ら強烈な野心を持っていないと立候補できない風潮に一石を投じる効果は大きい。カネを掛けない選挙だから、非正規で苦しむシングルマザーや、介護に忙殺される女性などの当事者が、大っぴらに議員報酬にも期待して立候補しましたといえる。これは好ましく、大きい変化である。
選挙結果は4月9日を待たねばならないが、ぜひ注目してほしい。富山県中新川選挙区は立山町、上市町、舟橋村であり、友人知人にぜひ、声掛けをお願いしたい。