陣場金次郎洋品店の夏
甲田四郎(詩人)
陣場金次郎洋品店の前を通ると
謹告 バンザイ閉店セール三十一日までとあった
バンザイバンザイバンザイと赤い短冊が
差し押さえの証紙のようにそこらじゅう貼ってあり、
金次郎二世店主が奥の商品の陰から
顔を半分出してこちらを見ていた、
試合中の、プロ野球の監督のようだが
部下も客もいなくてかれ一人である、
親子二代六十五年のあいだやっていた店である、
何か買ってきたらと女房に言ったら
彼女はやだよと言う、
なんにもないんだよ欲しいものが。
セール最終日通ると客がいた、
今日は何でも買ってこいと命令したら、
傘を一本買ってきた。
赤い短冊の文句を我慢我慢我慢と変えて
我慢セールをしたらどうだったか
我慢の問題ではないがそう言ってみたい、
かれ金次郎二世は
孝行息子で勤勉な商人だった、
人に後ろ指さされるようなことはなに一つしていなかったと
そういう問題ではないがそう言ってみたい、
♪柴刈り縄ない草鞋を作り、親の手助け弟を世話し、
兄弟仲良く孝行尽くす、手本はにのみや、きんじろおおお
陣場金次郎洋品店のネズミ色のシャッターが降りた
そこに閉店ご挨拶のビラは貼ってなかった
ご挨拶というものは客に向かってするものだ、
その客がいなかった、どこにもだ
私の店はまだ閉めないまいにち天気を心配する、
今日は晴自分の頭の上だけ晴、
すると日差しにパラパラ雨が落ちてきた
狐の嫁入りだ
ギリギリ歯ぎしり金次郎は古い塑像のごとく
ぶくぶく深く沈んでいった
資本主義の海の底は金次郎でぎっしりだ、
たきぎを背負って本を開いている金次郎たち、
古い本を読み直しているのではないかと思う、
たぶんこういう出だしの本を
<ヨーロッパに一頭の妖怪が徘徊している、
共産主義という妖怪である
詩人・甲田四郎。本名・山中一雄さん。1936年生まれだから66歳。この方が第4回小野十三郎賞を受賞した。同姓の誉れである。同姓とはいえ、縁もゆかりもない。というよりも本名ではなく、ペンネームだ。よりによって甲田姓を選ぶというのはとても信じられない。とにかく好きではない。まず漢字のバランスが極めて悪い。小さな田と大きな田が並び、不安定極まりない。田中、中田に間違われ、ゴルフバッグは「こ」列にあることは少ない。生まれついてのものだから仕方がないと観念するが、女房なんかはよく我慢していたと思う。そんなわけで夫婦別姓論には賛成せざるを得ない。甲田姓も次の世代で消滅するかもしれない。
甲田さんの詩集は1992年刊の『九十九菓子店の夫婦』以来、『昔の男』(1994)、『煙が目にしみる』(1995)、『甲田四郎詩集』(1996)と続き、『陣場金次郎洋品店の夏』が最新。
「資本主義の海の底は金次郎でぎっしりだ」。そして二宮金次郎が「共産党宣言」を読む。この感性、胸がすくような言語感覚。確かな眼とペーソス。いいですね。ところで小野十三郎さんというのは何者か。1903年大阪生まれのアナキズム(無政府主義)詩人。情緒や主観を排したリアリズムでモノをして語らしめ、社会性を持った強靭な批評精神を築き上げた。そして戦後まもなく大阪文学学校を創設している。
早速、大阪文学学校の募集要項を取り寄せた。授業料年間10万円。夜間部も通信教育もある。芥川賞に輝いた田辺聖子、弦月両氏が卒業生。釜が崎に住んで、60歳にして文学の道に進むか。それもよし!