書名は「下り坂をそろそろと下る」(講談社現代新書)。平田オリザを超リアリストと内田樹は評するが、現実に分け入り、脚本を練り上げ、自ら演出するように地域の難題を解決しつつ、こんな下りの人生も、政治の処方箋もあると説いている。説得力がある。右膝を痛めてからほぼ1か月、お前の下り坂だ、それを受け入れるしかないと妙に納得している。友人から、もう古稀なんだから膝の水を抜くなどの外科的な処方を受けるなと助言され、自然治癒を信じて軽く自前のリハビリをやっているが、足に力がついてきた感じがする。
さて、本論である。日本はもう工業立国ではない、もはや日本は成長社会ではない、そしてもはや日本はアジア唯一の先進国でもない。これをがっきと受け止め、受け入れなければならないという金子光晴の「寂しさの歌」を引用している。日本人のほとんどが持っているアジアに対する無意識の優越意識をどう解消していくか。この寂しさに耐えられない極端に心の弱い人たちが、ヘイトスピーチやネトウヨに依存しているのではないか。「寂しさが銃をかつがせる」ことが再び起きないように、このような人たちも包摂していかなければならない。平田の解決処方はこんなイメージである。
雇用保険受給者や生活保護世帯の人が劇場や映画館に来てくれたら、「失業しているのに劇場に来てくれてありがとう」「生活がたいへんなのに映画を見にきてくれてありがとう」「貧困の中でも孤立せず、社会につながっていてくれてありがとう」といえる社会を作っていくべきではないか。その方が最終的に社会全体の抱えるコストもリスクも小さくなる。もちろん、子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を見に行っても、後ろ指をさされない社会でもある。
地方の事例として、小豆島を挙げる。ここには300年の伝統を誇る農村歌舞伎がある。島の人々が瀬戸内海の各所からやってくる商人や船頭たちとコミュニケーションをとるための教養教育の場でもあった。司馬遼太郎の「菜の花の沖」に出てくる高田屋嘉兵衛がロシアに漂着するも、農村歌舞伎で培った浄瑠璃好きのコミュニケーション能力が彼を救ったのではないかという説だ。小豆島の陶小学校ではキラリ科と称して、1週間に2時間演劇を使ったプログラムが実施されている。島の子どもは二十四の瞳にあるようなみんないい子なのだが、いつかは島を出ていかねばならない、その時にこの基本的なコミュニケーション能力が生きてくるかもしれないという思いである。3年に一度開かれる瀬戸内海国際芸術祭もいい影響を及ぼしている。観光から関係を結び、関係人口を増やしているという。この春の小豆島高校の甲子園出場も、小人数部員の弱点を生かしていた。小人数ゆえの複数のポジションをこなす意識が、ゲームでのリスクを感じ取りやすくしている。工業立国ではないということは、単純な労働だけではやっていけない。複雑な市場の難問を現場で解決していかねばならないのだ。つまり複数の仕事をこなすしなやかさを持っていなければならない。教育にそんな創造的な狙いをぜひ持ってほしい。
はてさて、またこんな締めくくりとなるが許されたい。日本がアジアの先進国の座から滑り落ちたことが全く受け入れたくないのも、国民総生産600兆円という時代錯誤の成長戦略をもちだしているのもアベクンだ。空疎な掛け声はもう何度も聞いているのだから、見抜いてほしい。一方野党もアベNOをいうだけでなく、浄瑠璃や狂言を学んで、コミュニケーション能力をみがき、アジアYES、下り坂YESという構想を打ち立ててほしい。
平田オリザ「国のかたち」