人事部にこんな苦言を呈したことがある。「公務員、電力、銀行の子弟ばかりを採用しない方がよい。どんな風にカネが回っているのか全くわからず、給料日が当たり前と思う人間ばかりだと危険だ。さらに内輪の出世競争ばかりに走り過ぎる」。このほど「現場主義の人材育成法」(ちくま新書)を著した関満博一ツ橋大学教授も同意見だった。
給料をもらうと、給料を支払うとでは雲泥の差がある。中小零細企業ではなおさらで、経営者とは「毎月、決まった日に給料を支払い、手元にお金が無くなってしまう人」といってもよい。これを身をもって知っているかどうかだ。特に品性がポイント。そのプレッシャーの余り、まるで自分の財布と混同してしまう輩が多い。
中小企業の事業継承は必ずしも経営者の子弟に拘らなくとも、従業員の中からトップにふさわしいものを選べばいいと思っていた。ところが全国の中小企業の現場では、代表取締役の就任要請に「ノー」と答える事例が増加しているという。「あなた、何を考えているの。社長になるとこの家も担保になるのでしょう。嫌です。うちはサラリーマン家庭でいいの。きちんと勤めて給料をもらい、退職金で家のローンを返し、後は年金で静かに暮らしていきましょう」という奥さんの強硬な反対意見になす術がない。サラリーマンできた人物は、無限責任を負わされる中小企業の社長にはなれない時代なのだ。奥さんは不穏な時代であることを肌で感じ取っている。
そればかりではない。やはり経営者の家庭で育った子供には、これとは全く違う因子が入っている。全員とはいわないが、経営者にとって不可欠な資質である使命感、品性、勘などが、DNAに刷り込まれているのではないかとさえ思える時がある。
関研究室にはいった愛知県出身の石川裕美。軍手工場経営者の三姉妹の長女だが、屹然と「当然、私が継ぎます。ただし、現在の軍手を継ぐ気はありません。私には他のサラリーマンの子弟に比べて有利なのです。親が作ってくれた資産があります。その資産をベースに自分で新たな事業を起こしたいと思います」という。同研究室の就職指導は、過激な人生を走り抜きたいなら総合商社、中でも伊藤忠か丸紅、あるいは日揮などのエンジニアリング会社だという。じっくりした人生を送りたいなら、ものづくりに秀でた企業。ゆったりした人生を送りたいなら公務員などとうそぶいている。石川裕美は丸紅に総合職で入社した。その後も休暇を利用して研究室のゼミ合宿に参加し、4年半後に退職。実家に戻る前に、中国の製造業の現場で働きたいので紹介をしてほしいと伝えてきた。関は、かねて親交のある「深圳テクノセンター」の石井次郎代表に依頼。仙台に本社があって、女性用ファッション下着の通信販売で急成長し、製品をすべて中国で生産しているピーチ・ジョンの深圳工場に決まった。日本人は工場長ひとり、そのサブについて数十の中国企業と折衝する役目である。彼女は見る間に中国語をマスター、従業員とも溶け込み、ぐんぐん成長しているという。半年の予定を延長している。もう彼女の頭の中には、軍手に変わる新事業が描かれ始めているかもしれない。生まれながらにして社長になろうと思っている人間の強さである。
さて深圳テクノセンターだが、中小企業の中国進出の駆け込み寺で、入居企業は現在40社で、6000人が働いている。中国進出の支援ばかりでなく、近年は大学生のインターンも積極的に受け入れている。きっかけは与えるが、自分で調べて、交渉して、ひとりで行かなければならない。ここに来た学生のほとんどが数日で変わるという。来春内定を得ている日本の企業を辞退し、今一度働くことは何なのか考えるという学生も多い。悩んでいる学生がいたら、ぜひ深圳テクノセンターでのインターンを考えたらいい。
というわけで、わが父が創業した有限会社を継ぐことを決意した。衣料品店をやるわけではない。整理するまでの、名義だけの継承に終わるかもしれないが、それでも私の学資などを稼ぎ出してくれた恩義ある有限会社である。責任は、長子である吾にあり、わがDNAが問われようとしている。
<お知らせ>?189で紹介した韓国映画「おばあちゃんの家」が7月13日・14日の両日、北日本新聞ホールで上映される。ぜひ見ていただきたい。当日券1300円。
深圳テクノセンター