高嶋石盛。彼こそ真のインタープリターと俳優・柳生博は絶賛する。1947年宇奈月町音沢生まれ。生まれながらの自然児、野生児、快男児。山が好きで山が好きで堪らない。高校卒業後一時期歌手を目指して上京したらしいが、山なしでは生きていけないと舞い戻ってきた。歌の方も田舎のど自慢ではトップ間違いなしの実力だったとか。山岳警備隊に入る。何度も生命救助の表彰を受ける。山岳警備隊長も彼には一目置く。とにかく先に体が動いてしまう。このルートから上ろう、下ろうが瞬時に判断できる。気がついたら一人で走り出しているという。黒部の秘境をビデオで撮影して知らしめたのも彼の功績。宇奈月温泉で最も若い芸者さんを射止めてもいる。宇奈月セレネ美術館に収蔵されている黒部を描いた作品は、彼が画家をガイドして描かれたもの。平山郁夫の「幻の大滝」もヘリコプターを使って案内した。柳生博も、黒部の地形はもちろんのこと動植物にも詳しく、人間味あふれるその語り口にぞっこん惚れ込んでしまった。しかしその彼はこの世にいない。1994年ヒマラヤで、ザ・ツインズ峰登頂後下山中に命を散らせてしまった。柳生博はこれからの観光地に不可欠なのは彼のような人間だという。
インタープリテーション(INTERPRETATION)。単なる情報の提供ではなく直接体験や教材を通し、事物や事象の背後にある意味や関係を明らかにすることを目的とした教育活動。解説者の感性を媒介にして情報を提供し、来訪者に今までとは異なった次元を開いて見せること。そしてインタープリターとは。人々がそれまで予想だにしなかった新しく魅惑的な世界にたやすく導く人。世界的な自然観光地には、それぞれにインタープリターがいる。
さて宇奈月・黒部の観光をどうするかだ。柳生の標榜する観光は「かけがいのない人と、かけがいのない場所で、かけがいのない時間を過ごす」こと。26年間かけて育てた森の中の八ヶ岳倶楽部は人を束ねない。団体観光客は拒否はしないけど、バスをずっと手前に止めてもらって三々五々歩いて来てもらう。そこに来る人がかけがいのない人なら、人が人を呼ぶようになる。芸術家や、作家や、俳優に限らない。自然と笑顔がこぼれ、ゆきかう人がさりげなく挨拶を交わし、自然を媒介に会話が弾む。いまでは年間20万人が八ヶ岳倶楽部を訪れるという。
黒部の大自然。この自然の恵みを大事にすることを前提に、問題は魅力的なインタープリターといい宿である。現在の宇奈月ではやはり無理。ハードを個人や家族を中心に変えることと、料理にもっと心を砕くべきだろう。いまはとてもその余裕がないだろうが、さりとて何の工夫も努力もなければジリ貧間違いなしだ。湯布院や黒川温泉ではないが、温泉地全体の個性を生かすようにすべきだ。20~30年かけてゆっくり開発してもらっていいのではないか。東京の代官山再開発は一人の建築家・槇が35年間かけて取り組んでいる。若手の建築家を公募してはどうだろうか。また、取り敢えず実験的にNPOで民宿をやってもいいのではないかと思う。同族経営の息苦しさを抜け出すべきときでもある。定年になった老夫婦が取り組む。インタープリターと宿が一挙に解決してしまう。1年に1回は泊りに行く会員300人でこれを支える。グッドアイデアではないか。勿論二人で出かけても、誰にも顔を合わさない工夫がしてある。その老夫婦は口が堅い。全国から不倫カップル会員という売り。どうだろうか。