もっと早く読んで、伝えるべきだった。昨年8月に上梓した「亡国記」(現代書館)だが、半年遅れとなり、悔いの残る1冊である。原発事故で日本が滅び、放射能を避けようと地球規模で逃げ惑う父と小2の娘の息もつかせぬ逃亡記だが、何かを突き付けてくる迫力がある。こんなこともあり得ると思うから、この親子と重ね合わせることができるのだろう。一気に読ませる。高浜原発の差し止め判決を聞きながら、こうした惨劇もあり得るのだということをぜひ刻み込んでほしい。
2017年4月1日、南海トラフ巨大地震が発生、中部電力の浜岡を模した島岡原発が直下の地盤が引き裂かれて、格納容器を吹き飛び、信じられない核爆発を起こした。5基が一挙にとなると、もう想像を超える。約3000万人が亡くなり、1000万人が放射能の急性障害で苦しみ、動けない。3000万人が北海道、2000万人が九州に逃れ、1000万人が海外に避難したが、国内の多くも海外避難を目指している。そんな状況の中で、この父娘は京都に住んでいたが、核爆発の報にすぐに対応し、日本海側を福岡に逃れ、船で釜山を目指し、ソウルに飛び、大連、北京、さらにリトアニア、ポーランド、カナダを経て、最後はオーストラリアに落ち着く。
残高を気にしながらのカードと、情報が確認でき、交通手段とホテル予約ができるタブレットが頼りとなる。当然だが、英語が最小限駆使できるかどうか、が鍵を握る。難民申請が認められたのはカナダだが、それでも極寒の炭鉱での作業である。嫌がらせ、ヘイトスピーチは日常的に浴びせられる。世界世論は甘くない。フクシマの事故の後、原発を再稼働した挙げ句に自らの国を滅ぼし世界中を巻き込む事故を起こしたのだ。自分たちの命を守ることしか考えずに札幌に居を移した政府官僚や官僚たちの態度は、世界中の人々には、軽蔑すべき国、国民と映ったのである。小説では放射能に汚染された日本は無政府状態となり、北海道はロシア、本州・四国はアメリカ、九州は中国の軍がそれぞれ進駐し、占領される。そして島岡事故の責任者の犯罪を裁く国際法廷が開かれる。ロシアによって拘束された歴代政権の首相、閣僚、高級官僚、電力会社の歴代社長、会長、学者ら100名が被告席に並ばされた。岸辺首相(多分、安部首相を模している)と原子力規制委員会、電力会社は世界最高水準とした日本の原発を巡って、責任を相手に押し付け合った。結果、岸辺首相以下40名が終身刑となった。岸辺首相はその席で叫んだ。「これは東京裁判に劣らぬ一方的で不当な裁判であって、断じて承服できない」。これを聞いた法廷では、蔑みの失笑とため息がもれる。もう眼を醒まそうぜ、と切に思う。
主人公の奥さんはどうしたのかといえば、彼女は反原発運動に携わっていて、当日署名簿を持参して、島岡原発に出向いていた。当然、死は免れない。
著者は北野慶であるが、これはまた興味深い人物である。1954年栃木県生まれ、北大文学部哲学科を卒業、都内の出版社勤務を経て、韓国語翻訳者になっている。元妻との間に21歳の一人娘がいるという。最初の小説は「学生運動に挫折した体験を乗り越えようと書いたが、歌人の道浦母都子さんにほめられたけれど、全然売れなかった」。ところが3.11後、憤怒のように湧きあがってくる感情にまかせてペンが動いた。執筆期間はわずか一カ月。「原発をやめない日本に怒った神様が降りてきて書かせてくれたのかなと。筋を考えずにパソコンに文字を打ち始めると、勝手に世界が広がった」。そんな勢いを感じさせる。
5年という節目に、こんなブログを書かせてもらった北野さんに心から感謝したい。ぜひ購入して読んでほしい。
「亡国記」