最後のソウル

 孫の大学卒業を控えて、爺さんは思いついた。社会人になって、パスポートを持っていなければ海外出張に対応できない。卒業祝いに、パスポートを取得して一緒に韓国に行こうと伝えたら、ふたつ返事であった。3月1日~4日の3泊4日だが、前後泊しての関空発着となった。時間とカネの無駄のように思えたが、やむを得ない。そんな余分も楽しめということで納得。爺さんのパスポート記録を見ると、2023年10月に羽田―ソウルで、生まれた光州まで足を伸ばしている。こんな機会でもなければ、韓国への思いを孫に伝えることはできない。JTBで手続きをしながら、いいアイデアであるとひとり悦に入っていた。

 最初のつまずきは、関空での出国及び搭乗手続き。ほとんどスマホで手続きをしなければならない。手伝ってほしいところだが、職員など全く見当たらない。スマホを手に、これは何だといぶかる爺さんを見かねた孫が手ほどきよろしくやってくれる。うれしい反面、気分としては依存するしかない、弱い立場になってしまったという思い。2時間強のフライトだが、格安LCCではなく、機内食の出る大韓航空を選んでよかった。缶ビールを飲み干して、ようやく自分を取り戻すことができた。

 今回はタクシーを使わず、鉄道、地下鉄に限ることにした。仁川空港からソウル駅までの直通鉄道は快適だったし、移動は地下鉄オンリーで十分だった。宿は明洞にあるソラリア西鉄ホテルとしたが、日本語が通じるコンシェルジェ対応がありがたかった。

 さて最初の訪問先だが、やはり「西大門刑務所歴史館」にした。前回の訪問では女性闘士が拷問に悲鳴を挙げている展示で、度肝を抜かれた。しかし今回はガラッと変わり、映像主体のスマートなものになっていた。幼稚園児が先生に先導されて多く訪れているのには驚いた。戦後80年を経ても、歴史に向き合うのだという意地を見せつけられる展示だ。できれば、日本の中高生に見てほしい。

 次に訪ねたのは、あのロウソクデモが行われた光化門・ソウル市庁前である。世宗大通りを埋め尽くすデモ参加者はみんな地下鉄駅から湧き上がるように出てきていた。そんな想像をしながら、散策すると図書館があり、アメリカ大使館があり、ソウル最大の本屋KYOBO(教保文庫・光化門店)がある。デモのあと若者たちがゴミを残さず掃除している情景が想像された。その一角に必ずといっていい程スタバコーヒーがあり、お昼はそこで済ませることになった。

 最も気になったのは、地下鉄で席を譲られたこと。私を見かけるや、若者はこんな老人を立たせて座っているわけにはいかないと席を立つ。必要ないと手を振るが、執拗に迫ってきて、断り切れずに背に座らざるをえない。内心、そんな老人にみえるのだろうか、とがっくりする。

 海外旅行はこれを持って最後にしたい。スマホが使いこなせないこともあるが、感性が鈍ってきて、心が湧きたたないのだ。30歳で初めてニューヨークの街角に立った時の感動をもう得ることはできない。

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