恥ずかしい話だが、ぼろ布と化したカーテンをようやく廃棄した。新築以来だから35年を経ている。鰥夫暮らしでいると、一日延ばしでついズボラを決め込んでしまう。見苦しいね、という会話がないのだ。晴れわたった青空のもと、わが家の歴史的転換を果たしたということになる。さて、レベルは違うが、米朝会談の余波は日朝関係に大きく転換を迫るものになった。これからどう動くのか、想像をたくましくしてみたい。
02年小泉訪朝の舞台まわしを見事に演じた田中均・元外務審議官はこんな感慨を述べている。「朝鮮半島の人々は、熱い人々なのですね。こちらの誠意が伝われば、その感情において、彼ら自身が共感を持つのです」。交渉をする相手も、外務省ではなく国防委員会の軍人で、北朝鮮という国と交渉する時は、情報を持っていて権力と直結している人を相手にしないと意味がない。30回以上も秘密接触を重ねたという。こうした人材がわが国の国家安全保障局や外務省にいるのだろうか。つまらぬ忖度に走るレベルでは到底つとまらない。まして、圧力一辺倒から一転、対話に切り替えるという卑怯な姑息手法。その難しさは想像以上である。外交の要諦は、共感を得る論理であり、時に自国の犠牲も惜しまないことだ。
その日朝首脳会談なるものを想像してみた。アベ「拉致が解決しない限り、経済支援はできません。わが国民の一致した願いです」。キム「わが国に対しては一貫して強硬姿勢で、12年の首相就任もその姿勢が支持されたと聞いています。しかし、この5年間一度も拉致問題で直接的な働きかけはなかった。報道などで激烈に批判されていると知るだけでした。直接批判されるのであれば、この席でどうぞ」。アベ「実務者を通して申しあげております。外交儀礼として首脳同士ではそう激しくやり合わないものなのです。経済協力が必要なのでしょう。未来志向の双方ウインウインでいきましょう」。キム「そんな話には乗れません。わが国を侮っておられるのですか。02年の日朝平壌宣言を読んでください。過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明し、国交正常化後、無償資金協力、低金利の長期借款供与を実施する。国交正常化交渉において、具体的な規模と内容を誠実に協議するとなっています」。アベ「それは承知していますが、わが世論は拉致が最優先なのです。拉致解決なら、経済協力でも額は大幅に上積みできることになります」。キム「トランプ張りの取引ですか。苛烈な植民地政策という国家的な犯罪の清算がなくて、どうして信頼関係が生まれるのですか。出直してください。より強力な制裁を、と国際世論に訴えられて結構です」。アベ「トランプともう一度話をしてみます」。キム「内政干渉というわけではないのですが、トランプに了解を取る度に、膨大なカネをつぎ込んでいるとワシントンでは評判です。もっとクレバーなやり方もあると思うのですが。余計なことでした」。
さて、悲観的な想像だが、こんなものだろう。森友、加計での国会対応みたいに数で押し切れるわけでもない。拉致被害者家族会の蓮池透・元事務局長は「この間の圧力政策が全くの無策に終わったことを思い知らされた」と、まるでアベ政権の宣伝道具に使われたという冷めた表情だ。慰安婦問題で日韓合意を1ミリも動かすことはないという大見得が、拉致解決の前にいま一度いい切れるのだろうか。南北の民族がどんな歴史認識を披露するのか、固唾を飲んで見守っている。被害者の会も植民地時代の強制連行などの加害責任について、何らかの言及をすべきであろう。もちろん北の非道な人権無視も見過ごせないが、戦争回避最優先が国際的な合意であろう。
最後に、アベ政権で果たして乗り切っていけるだろうか。一度虚言を吐いた人間が、国民を納得させる言葉を持ち得るものだろうか。ぼろ布のカーテンを捨て去りながら、そんな時期がきているのではないかと思っている。