元日の朝日新聞は出版広告のオンパレード。編集記事よりも、この広告に注目し、未曽有の出版不況に各社がどう向き合っているのか。自分であれば、どうするだろうか、などと想像してみた。
全ページの広告掲載は大手4社。ここにも序列がある。岩波書店、講談社、小学館、集英社と続く。売り上げ順だと全く逆になると思うが、それはさて置こう。新潮社、文藝春秋はスペース3分の1の5段であるが、文芸書不振などそれなりの事情があるのだろう。筑摩書房がないのがさびしい。
さて、岩波書店は「宮崎駿とジブリ美術館」2冊セットで本体価格2万5千円ときた。「想像力が明日をつくる」というコピーだが、どんな明日があるというのか。ワクワクする感じが全くしない。広辞苑の二の舞ではないか。素人目から見ても、これでは先がない。ジュニア新書を中学生向けに焼き直したジュニスタの創刊も付け足しているが、覚束ない。凋落に打つ手がないという状況をさらけ出している。
講談社は、未来の年表で2130年まで空想している。「講談社本社タワーが宇宙ステーションと連結」といった具合で、社内から出た発想ではない。多分、電通系列の制作会社に丸投げしたものだろう。「完全AI小説が野間文芸賞受賞」「進撃の巨犬連載開始」「ViViモテ宇宙服着まわし365日特集が大人気」と噴飯コピーが並ぶ。空っぽ講談社といっていい。
小学館は、名探偵コナンで「こどもはみんな、何かの探偵だ」「世界を探偵したいなら、本を読もう」。といいつつ、映画「名探偵コナン 緋色の弾丸」ロードショー公開2021.4.16と続く。混乱している。
そして、「鬼滅の刃」で余裕の集英社だ。「今日から、進年」と作家の松井玲奈を登場させている。鬼滅の鬼も出していない。それもそのはずで、12月4日1億冊突破記念として、読売、朝日、毎日、日本経済、産経5紙の朝刊にそれぞれ全ページ3本合計15本を掲載した。その日、孫娘からラインで、新聞を持ってきてくれといってきた。そして、その日は最終巻となる23巻の発売日で、全国の書店は長蛇の列。新聞5紙はコンビニでも売り切れていた。集英社の高笑いが聞こえてくるようだ。
ここは週刊金曜日(1月1日号)の内田樹の「街場の鬼滅の刃論」を紹介したい。コロナという時代背景がポイントという仮定にすると、「鬼滅隊=医療者、鬼=ウィルス」で、少年ジャンプの友情・団結・勝利の方程式に持ち込んだ。となるが、作者・吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)が集英社に企画を持ち込んだのは2013年で、連載開始が2016年。コロナは後付けとなる。しかし、剣士と鬼の設定はハイブリットで、人間とウィルスのせめぎ合いに似た混沌状況で永遠に続いている。そこには健常か疾病かわからない「あわい」があり、そここそが人間の生きている場。陽性か、陰性かが判然としない状態で生きているということ。こうした作者の透徹した見識が、このパンデミック時代にジャストフイットし、読者を掻き立てた。
出版界も既存の公式に当てはめているだけでは、生き残れない。「混沌」と「あわい」というすき間に恐れず挑むことであろう。わが老人書房は、柳美里「JR上野駅公園口」が河出の文庫本として、定価660円で販売されたことに注目した。定価2000円予想が660円、書店で売り切れ。20万部を超えている。貧困者を救うビッグイシュー版の文庫を、作家の無償の好意で販売していく。持続可能かどうか、などと賢しらにいう奴はわが刃で薙ぎ払う。
1月3日初泳ぎ。初泳ぎ見えぬコロナを掻き分けて(拙句)。