海馬

脳の話である。もちろん請け売り。東京大学薬学部に首席で入り、大学院にも首席で進み、実験用ネズミ1000匹と格闘しながら脳の研究をしている。池谷祐二、1970年生まれの独身男子。しかし小学校時代はビリ、漢字テストが2点。九九も出来なかった、というよりも今でもできない。それでもって数学が得意という。公式が覚えられないのに問題が解ける。「公式を丸暗記している人よりも、公式を導き出せる人の方が原理を知っているから応用力がある」というわけで、出題者の意図までわかってしまったという。彼の研究成果を引き出してくれるのが糸井重里。頭がいいとはどういうものかを教えてくる。

さて本論だ。人間の記憶を脳の中でつかさどっているのが海馬。まさか「とど」なんて読んではいないだろうな。ここは素直に「かいば」。直径1センチ、長さ5センチ。脳の奥のところにしまわれている。可塑性に富む。いわば粘土のようなもの。これが優れもので記憶するのに適しているかどうか判断する。五感から得た情報をすべて記憶するわけではない。もちろん最優先するのは生命を維持するために必要かどうかだ。しかしこれだけならネズミとかわらない。海馬の横に感情をつかさどる親指の爪ぐらいの大きさの扁桃体がある。この扁桃体が好きだなと反応すると海馬がすぐに記憶していくらしい。好きこそものの上手なりだ。基本的に脳はタフで疲れない。普通の人で2%ぐらいしか使っていない。したがって、どんな使っても使い切るには程遠い。天才を二人挙げている。「脳を使用し尽くした」という手塚治虫。とにかく漫画原稿を15万枚書いたのである。いま一人は宮崎駿。朝9時に仕事場に来て翌朝の4時まで黙って仕事をする。二食分の弁当を持ってきて15分しか時間をかけない。正月も2日から。これを24年間やって、風邪も引かず、病気にもかかったことがない。これでおわかりだろう。ほとんどの人が努力不足なのである。

そしてこの海馬、いくつになっても増えるのである。増やすためには絶えず刺激を与えなければいけない。退屈が脳には絶対いけない。絶対安定的で安全もダメ。毎日が面白いかどうかだ。それに脳が反応し、成長し続ける。30歳くらいからが面白いという。単なる「意味暗記」から「方法暗記」「経験メモリー」に重点が移り、これだと冒頭に挙げた応用力が付き飛躍的の問題解決能力が高まっていく。どんな分野でも10年コツコツやって経験メモリーを重ねていけば、誰でも一定の水準にまで達することができるともいえる。扁桃体で気持ちの良いものを選び、海馬に送り続けるのである。発想力や想像力といっても、脳の研究をしていると所詮は記憶力。問題は新しい記憶の体系を作ることらしい。

そして頭が悪いと思っている人へ。人間は同時に7つぐらいしか記憶できない。問題を背負いこんでしまいがちな人は、解決するべき問題を一つずつ紙に書いてみる。問題を明らかにして、ひとつずつ個別に解いていく。脳は達成感を快楽と感じるらしいのだ。小さな目標をひとつずつ解決し、脳をその気にさせるのがコツ。

加えてこんなアドバイスも。初頭効果と終末効果というのがある。テスト時間内の最初と最後に能率があがるように、仕事でもはじめと終わりにはかどる。例えば1時間何かをやるにしても、30分が2回あると考える。そうすると、はじめと終わりと2回できることになり、効率があがる。

頑固が頭を悪くする。海馬の可塑性をまったく活用しないでの思い込みバカ。成績が良くてもまったく面白くない奴。意味暗記だけなんだろうなと思う。頭の良し悪しは結局は受け手が決めることだということ。自分で頭がいいなんて思っていてもダメなのである。

頭のいい奴というのは、いざという時に適切な対応ができるとか、他人に気持ちのいい気配りができる奴の指すのである。楽しく、おもしろく生きるコツを知っている、またそう生きようとしている人間こそ頭がいいといえる。中学校で「リコウバカ」「リコウリコウ」「バカバカ」「バカリコウ」と分類する先生がいた。馬鹿が利口ぶっているのが一番悪いということ。

さて、この海馬の細胞が死んでいくのがアルツハイマー。最近あまりにも物忘れがひどいので、一度行かなければならないと思っている病院がある。京都大学附属病院老年科「物忘れ外来」。しかし海馬のことを知ると、例えアルツハイマーであろうと、それを上回る細胞を再生すればいいと思えてきた。

ぜひ読んでほしい。ほんとうに面白い。「海馬」池谷祐二+糸井重里。朝日出版社1700円。

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