率直な疑問

やはり自死というべきであろう。保守派の旗手、保守再生の切り札、タカ派論客と手向けの枕言葉が並ぶ中川昭一元財務相である。北朝鮮の核脅威に、核保持も辞さないという論には驚いたが、麻生、安倍と3人並べてみると、保守の系譜というのが透けて見えてくる。自主憲法、教育基本法と教科書問題、拉致問題での強行発言などだが、とりわけ安倍、中川ふたりが介入した、01年のNHK・ETV番組「戦争をどう裁くか」が強く思い起こされる。
 番組では東京で開催された女性国際戦犯法廷(民衆法廷)を取材、第二次世界大戦中における旧日本軍が組織的に行った強姦、性奴隷制、人身売買、拷問、その他性暴力等の戦争犯罪を取り上げている。ふたりは、放送直前に、NHKの国会担当局長と放送総局長を呼びつけ、放送内容の変更や放送中止を断固求めた。そして、番組は修正された。その一方で、番組を担当した永田浩三プロデューサーと、「政治介入があった」と内部告発した長井暁担当デスクは、報復ともいえる配転を受け、ひとりはNHKを去らざるを得なかった。
その時のふたりの振る舞いを想像する。議員会館の応接でかしこまるNHK両局長に対し、強面で、冷たい言葉でいい放っているはずである。君達の将来はないよ、と。自分の力が及ぶ相手、絶対に反論しない相手に対する保守論客の所作である。特に、安倍晋三の口調にはそんなものを感じる。どれほど強い保守の信念かと思わせるし、上滑りの言葉は、死をも厭わない憂国の志士を思わせる。
 ところがどうだろう、当の本人たちだ。ひとりは酒の力を借りなければ、その緊張に耐えられないし、睡眠薬に頼らなければ眠ることできない。もうひとりは緊張がすぐに胃にきて、食欲がなくなり、自らの職務を継続できなくなり、放り出している。正当保守の系譜を任ずる人間達のこの弱さをどう理解するのか。アルコール依存と神経性胃弱で、空威張りするこの論客達が保守の旗手なのか。率直な疑問である。
 こうして声高に疑問を呈するほどの人間でないことは、百も承知なのでが、戦争犯罪といえば、この人を挙げたい。作家でもある野田正彰・精神科医だ。06年から2年かけて、中国、台湾の各地を取材し、このほど「虜囚の記憶」(みすず書房)を出版した。日本に拉致され厳しい労働を強いられた人や、日本軍から性的な暴力を受けた人から、その人生全体を聞きとっている。「侵略戦争についての無反省だけでなく、戦後60数年間の無反省、無責任、無教育、歴史の作話に対しても私達は振り返らなければならない。戦後世代は、先の日本人が苦しめた人々の今日に続く不幸を知ろうとしなかったことにおいて、戦後責任がある」。そして続ける。「出来ることから始めよう。今苦しんでいる老人がいる。その人を理解し、思いを込めて手を握ることから、遅ればせの戦後補償が始まる。そして私たちは歩きつづけていくのだ」と。
 いまひとり、同じ精神科医の老人党総裁・なだいなだが、政権交代に浮かれることなく、バラク・オバマ自伝「マイ・ドリーム」を読めと勧めている。日本語訳は07年に出ている。大統領になったから、慌ててゴーストライターに書かせたものではなく、米民主党の大統領候補になる前に出された。これがすごく面白い。面白いという言葉が、貧弱に感じられるほど面白いのです。バラク・オバマが大統領選挙で勝つ前に、この本を読んでいた人は幸せです。大統領に当選した人という偏見を持たずに、ある若い政治家の自伝として、読んで純粋に感動できたのですから。彼が若いころ、大麻や麻薬をのんでいたことがあることも書かれているほど、正直な自伝です。読み始めたら、途中でなかなかやめられない。アメリカ合衆国は大した人間を大統領に選んだものです。この人に20年ほどアメリカ合衆国の大統領をやっていてもらいたい、と思ってしまいます。でもアメリカ憲法がそれを許さない。残念です。もう読んでしまわれた人も多いと思いますが、読まれていない人には、是非読むことをお勧めします。
 というわけで、どの政治家をオバマにダブらせるか、である。

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