ひとりひとりはこの不況に耐えるべく消費を控え、将来のための貯蓄に励む。企業は企業で生き残りをかけてリストラに励む。その結果はますます不況を長引かせ個人と企業の首を絞める。日本の現在がそれ。これを彼女は「合成の誤謬」という。この負の連鎖を断ち切るために、不安を安心に転換させ、チャレンジする気持ちを回復させなければならない。
そのためにセイフティネットの張り替えを、と主張する。家族、大企業、男性本位のものから、個人レベルの自己決定権を保障するものに変えよう。21世紀は個人が家族や企業に依存しないで生きられる時代にしよう。この改革案がもっとも象徴的。保険証はまず国民健康保険や政府管掌保険を超えて一人ひとりのものに。結婚しても離婚しても、企業に雇用されてもされなくても、ひとりはひとり。そのひとりが安心して生きていけるシステムを。
そして改革の手始めに、教育を変えよう。子どもを学校、家庭から解放しよう。学級担任や母親だけの閉じ込められた、息苦しい世界から子どもを解き放ち、地域を学びの共同体に、と。若年労働市場の縮小に耐えられる労働力として18歳の大学受験一辺倒から、30歳まで何度も挑戦できるシステムに変えよう。のっぺりとした表情ではなく、目線のまっすぐな生き生きした表情を持つ働き手にしていく。わが3人の愚息をみているとそう願わずにはおれない。そして教師も、職能を高め、自立したその人格を保障するために国家試験を導入し、医師会、弁護士会のような機関も持つようにする。政治に支配されない教師の自治システム。彼女は淡々と話し掛けてくる。
久しぶりに上野公園を歩く。シンポジウム開演まで約1時間。上野駅は世界4大文明展のひとつ中国展に出かける人でごった返していた。とにかく昼飯だ、と思った真ん前が精養軒。ハヤシライスを注文、あまりに込んでいたのでコーヒーは断念。ゆっくりと不忍池を大きく迂回して会場の池之端文化センターへ。岩波書店「2025年日本の構想」出版記念シンポジウム。参加者は定員の200名を超して、折り畳み椅子が後に並んだ。
4人の問題提起者のトップである彼女こそ大沢真理さん。1953年生まれ、東京大学社会科学研究所教授で経済学博士。この人に注目したのが参加の動機。論理は明解で説得力がある。
集団就職世代の愛唱歌「ああ上野駅」はわが数少ない持ち歌。挫けちゃならない人生はあの日ここから始まった、それが20世紀の後半。また上野から21世紀の新しい人間性回復の試みが始まってほしい。
【参考図書】
世界11月号「2025年日本の構想」
岩波書店