続・演劇の力

虫の知らせといえば、嫌な予感という意味だが、そうともいえない。前号で紹介した「からだ・演劇・教育」の著者・竹内敏晴が、9月7日亡くなっていたのだ。拙いブログを書くため、新書のページをあちこちめくり、呻吟していた時に、親族だけの葬儀が執り行われていたのである。知らぬこととはいえ、そんな偶然、因縁に思いをいたしつつ、心からご冥福を祈りたい。84歳であった。演劇へのスタート時には、木下順二(ゆずりは通信354参照)が中心となった劇団「ぶどうの会」の演出助手をやっている。
 思えば、昨年、岩波新書のアンコール復刊コーナーで目にして、買い求めていたに過ぎない。もっと早くに、しかも熱心な読者であれば、と悔やまれるが、あとの祭りといっていい。朝日新聞(9月17日朝刊)に社会学者・見田宗介が追悼記「祝祭としての生命探求」を寄せている。一人ひとりの俳優をとても愛して、大切にする演出家という印象だったといい、仕事の独創の核はこんなところだ、と指摘する。見田言語は難解なので、誤解を恐れず、我流解釈で伝えたい。
 俳優のからだは作者の創造と表現のための素材である。「どんな役でもこなせる」ということが究極の理想。ところが素材だけに止まらず、俳優のからだの奥まったところにある存在の核が噴出するように動き出す時、演出の想像を超えた異質の感動が舞台に現われる。ゆがみをもち、ゆがみを跳ね返そうとする身体たちが、作者のためでなく、演出のためでもなくて、俳優自身の持つ真実を解き放つことを通して、舞台上で荘厳される。荘厳とは仏教のことばで、存在するもの(死者と生者)の尊厳と美しさが、目に見えるような仕方で現われてくる意味だが、その“荘厳”を竹内は徹底して追求している。そして、この夢を実現するために開発した方法論こそ「からだとことばの竹内レッスン」で、おどろくべき現実性、具体性を備えており、市民社会や共同体の強いる幾重もの自己拘束、自己隠蔽の無意識の硬皮の層を、ていねいに解除してゆく装置となっている。
 前号の南葛飾高校定時制では、宮城教育大学学長を退官した林竹二(ゆずりは通信118参照)の授業と合わせて、竹内の指導による「日本の天地砕けたり」が上演されている。足尾鉱毒事件の田中正造をモデルにしたもので、ラストシーンは全く新しい竹内の創作であった。官憲の執拗ないたぶりと生活の窮迫に耐えて生き続けてきた農民のうち、正造が敬愛し尊敬してやまなかった人々ののうち一人が、ついに秘かに金を受け取り土地を逃れ去るのを農民たちが発見する。農民同士の荒々しい罵倒と反撃、涙と訴え、正造への激烈な批判。それに対する正造の怒り、悲しみ、自己批判、そして「赦し」。幕切れ、正造の棺を担ぎ、鉱毒悲歌をうたいつつ、舞台を下り、客席のまん中を通っていく100人に及ぶ葬列という舞台設定だ。閉幕後、竹内は「これはオレの葬式や」と云い、事実この直後に医師から活動停止を勧告され、直接指導を断念した。
 木下順二、林竹二などへの師事を得ながら、ひたすら人間が生きるということを、「竹内レッスン」という実践を通じて追及した幸せな84年であったろうと思う。
 演劇関連でもうひとり。舞台美術の伊藤熹朔(いとう・きさく)である。ある時、たまたまふらりと立ち寄った新宿・紀伊國屋で、伊藤熹朔展が開催されていた。舞台美術というジャンルが確立されているのに初めて気がつき、展示されている数々に驚き、目を見張った。伊藤の弟が、千田是也であることも初めて知ったのである。演劇を見る時には、伊藤熹朔を思い起こし、舞台美術にも目を凝らさなければならない。
 ところで、竹内レッスンに呼びかけがある。自分の思いが本当に思いとなって、呼びかける人に通じているかどうかを試すものだ。「あ・い・し・て・い・る」。何てやってみたかったな。もちろん孫娘に対してであるが。

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