右翼ヘイトに猛然抗議する男

 「日本から出ていけ!」。10月28日午後2時過ぎ、富山市の不二越正門前に右翼街宣車が結集し、聞くに堪えないヘイトの大音響が鳴り響いた。徴用工の追悼集会に参加しているのは僧侶2人と市民で約20人。それに倍する機動隊員が両者を接触させないように警備している。ところが、その大音響ヘイトに猛然と抗議する男が現れた。右腕を突き上げて「ヘイトはやめろ」と叫びながら、街宣車に突き進もうとする。機動隊員が「挑発しないでください」と制止するのだが、その手もはねのけようとする勢い。右翼は「かかってこいや」と更にボリュームを上げる。初めて目にする光景であったが、驚くとともにリスペクトを感じた。

 この男こそ誰あろう。27日、富山県民会館で「歴史否定の流れに抗う」と題して講演した安田浩一。迫真のルポライターで、最新刊の「地震と虐殺」(中央公論新社)は1万部を超える。講演中にも、ヘイトスピーチには時に体を張ってでも抗議すべきだと訴えていた。まさかこの富山で実践してみせるとは、見上げた根性。空理空論を弄ぶ売文ライターとは違い、体を張った筋金入りのジャーナリストである。

 64年生まれ、週刊誌の記者などを経てフリーランスというが、一匹狼の方がピッタリ。取材費も身銭で、原稿を書き溜めては気の合った編集者につなぐ。「地震と虐殺」を刊行した中央公論新社は読売資本傘下にあり、どうも肌合いが違うが、編集者は資本の口出しを毅然として拒み、4刷りに漕ぎ着けてくれた。

 さて、講演内容だ。取材先の山口県から富山に直行し、宇部市にあった海底炭鉱「長生炭鉱」の大規模な水没事件から切り出した。42年2月3日、朝鮮半島出身の労働者136人と沖縄を含む日本人労働者の合計183人が生き埋めとなった。ところがあろうことか、何とそのままその坑口を閉じて、別の坑口を開いて操業を続けたのである。敗戦後閉山したが、沖には「ピーヤ」と呼ばれる排気・排水用の円筒が2本、突き出たまま放置されていた。もちろん地底には183人の遺体が生き埋めである。

 その歴史を知る市民が91年、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」を結成。毎年追悼式を行いながら、183人の被害者名を突き止める、気の遠くなる作業をやり切った。一方で遺骨の収容を政府に求めたが、厚生労働省は「埋没位置や深度などが明らかでなく、現時点で調査は困難」とした。それではと井上洋子・共同代表はクラウドファンディングで資金を集め、坑口を発見し、潜水調査を開始した。10月30日潜水調査の結果が出ると聞き、安田浩一は28日夕刻、富山から山口にとんぼ返りをした。

 歴史否定の流れに抗うというのは、執念に似た粘り強い真実掘り起こし作業である。恐らく安倍晋三は俺の地元で、国費を使って朝鮮人の遺骨収集をやらせるわけにはいかないと息巻いたであろう。

 ヘイトスピーチは人を壊す。地域を壊す。そして社会を壊す。生きていくために、私たちはそれと闘っていかなければならない。不二越周辺の人たちが法要の傍で「私たちはヘイトスピーチを許さない」というプラカードを持って、静かに立ってくれる日がきたらいいなと思う。

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