ジャーナリズムの危機が叫ばれて久しい。ここに来て、よりはっきりしてきた。それはペンがパンに負けてしまっていることに起因する。つまりマスコミ経営としてのパンであり、記者の生活を支えるパンである。社内の出世コースは政財界トップといかに近いかであり、社内人事は忖度、自主規制という嫌な空気にいつの間にか左右され、気骨ある記者の居場所がいつしか無くなっている。社外に対しては言論自由を声高に主張するが、社内での言論の自由はほとんど存在しない。会社員ジャーナリストの限界をこれでもかと見せつけられているのだ。NHK然り、朝日・読売もそれを免れていない。
そんな現状に思い切って切り込んでいる試みがある。調査報道に特化したネット媒体「ワセダクロニクル」で、今年2月に創刊された。早稲田大学ジャーナリズム研究所のもとに作られ、朝日新聞を16年3月に退社した43歳の渡辺周が編集長をやっている。すべてが編集長責任で、大学は軒先を貸すだけで発行には一切かかわらない。日本社会はジャーナリズムを必要としているのか、いないのか。必要とされるならば、どのような使命と内容と形式を持てばいいのか。経済的な裏付けはどうか。市民社会はそれを負担する用意があるのか。これらの諸課題を社会的に実験する場を大学側が提供していこうという発想である。学生も研修として参加できる。問題は財源だが、あらゆる利害関係から独立した立場でいたいので広告は集めず、米国の「プロパブリカ」、韓国の「ニュース打破(タパ)」がモデルにした寄付で賄う。2月のリリースと同時に始めたクラウドファンディングは、346人から目標350万円を超える552万円が拠出された。もう一つの財源として、月1000円のサポーター会員を募っているが、現時点で3万8858人が応じている。現在のスタッフは無給で10人程度だが、予算の目途が立てば支払っていく。ちょっと覗いてほしい
⇒ワセダクロニクル
さて、その創刊特集記事が「電通グループからの成功報酬~買われた記事」。脳梗塞を予防する「抗凝固薬」に関するものだが、効き目が強すぎると脳内で出血し、死に至ることもある難しい薬で、数百件の死亡事例が公的機関に報告されている。つまり医療用医薬品の広告が規制されている中で、記事としてこの薬品が推奨されたのだ。いわゆるステマ(ステルスマーケティング)だが、製薬会社がカネを出し、電通PRセンターが受注し、共同通信の子会社が記事化してカネを受け取っていた。記事は共同通信が配信し、PRや広告の表示がないまま地方紙8社が掲載した。もうひとつのカラクリは厚労省が創設した「健康日本21推進フォーラム」の事務局を電通PRセンターが引き受けており、そのフォーラムの役員である医師が記事取材に応じていることだ。ワセダクロニクルが創刊特集の取材先として選んだのは電通であり、共同通信である。「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。それ以外のものは広報に過ぎない」といったジョージ・オーエルの言葉を地で行っている。
ほの見えてきた希望だが、調査報道は発表ものと違って、時間もかかるが取材費用も桁違いで、加えて主語は自分たちなので小さなミスも許されない。会社員ジャーナリストには想像できないリスクと覚悟が必要になる。そんな覚悟のジャーナリストをプロフェッションと西欧では呼んでいる。弁護士、医師がそうであるように職能を確立し、独立した職能団体を作り、横のつながり、連携が必要だと渡辺は訴えている。
渡辺が朝日を辞めたきっかけは、慰安婦報道での吉田調書を取り消して謝罪するというナンセンスな対応をした当時の木村伊量(ただかず)社長への批判と、その後社内に広がった委縮ムードである。
ここはサポーター会員になって応援するしかあるまい。