「精神障害とともに」

 鹿児島から精神医療の現況を伝えるレポートだ。南日本新聞取材班が16年9月から1年間連載し、「精神障害とともに」と題して本にまとめた。精神障害者28人が働く就労継続支援A型事業所のラグーナ出版が、原稿の入力、校正、表紙デザインを担っている。価格は1400円。多分本の収益はラグーナに属するだろう。小さな試みだが、こんな気配りがいい。そして日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞し、花を添えている。月間みすず「読書アンケート特集」でノンフィクション作家の最相葉月が高く評価していたので早速注文した。

 取材の動機は、同県が50年代後半から精神病床、入院患者ともに爆発的に増えたこと。人口当たりの病床、入院患者の割合も全国一となっている。入院期間が50年以上の患者が県内で少なくとも33人いて、最長61年6か月だった。こうした事態を引き起こしたきっかけは、50年に施行された精神衛生法にさかのぼる。私宅監置が禁止となり、本人の同意なく強制入院させられる措置入院が制度化された。一方で、全国調査では入院必要が35万人となり、病床は3万7000床しかないことが判明した。大幅な増床を目指し、開院に有利な誘導策が導入され、民間の精神病院が激増していった。特に鹿児島では患者が多かったこともあり、経営的にも措置入院患者は医療費を取りはぐれる心配がないと、公立2、民間49病院と激増した。それらは病院の閉鎖性もあり、人権無視の患者虐待の温床ともなっていった。その背景には南日本新聞自らが「野放しの精神障害者」「いつ犯罪を起こすかもしれない」という見出しで隔離排除するべきだとする偏見世論を導いたことも大きい。

 その流れが変わったのが04年、遅まきながら「精神医療の脱施設化」が打ち出された。しかし15年までに35万病床のうち7万病床を減らす目標が2万床足らずに終わってしまうという結果となり、困難さが浮き彫りになった。取材班は公立精神科病院を99年までに全廃したイタリアに飛んだ。トリエステ県では人口23万人で精神病床はわずか30床。鹿児島市が人口60万で3400床だから、驚くほかない。これを主導した精神科医フランコ・バザーリアは「自由こそ治療だ」というスローガンで、78年に精神科病院の新設と新たな入院を禁じる法律を成立させた。その一方で外来診療を受けられる精神保健センターと、障害者が働ける社会協同組合を受け皿にして、退院させて地域で支える体制を整えたのである。法律を作るだけでは変わらない。魂を入れる人材、ノウハウなどが総動員されてこそ動き出すのである。今では難民対策で、障害者と同居して支え合うというアイデアで双方にいい結果をもたらしているという。

 鹿児島でもいろいろ模索されているが、住宅の確保、仕事のあっせんなどまだ緒についたばかりのようだ。この本のいいところはみんな実名で登場していることだ。自分たちが声を挙げることで社会を変えたいという強い意志が感じられる。

 もうひとついい話だ。神経科医の森越まや医師がラグーナ出版の隣に「ラグーナ診療所」を開業したのである。一粒の麦が新しい連なりを生んでいる。

 最後に戒めである。医療へのアクセスが確立していない中で早期退院や地域移行を進めることは、「家族のことは家族で解決するように」と責めているに等しい。悲劇を生まないために、ゆっくり急がないことである。また官僚任せにしないことでもある。

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