北朝鮮・余話

「米国とのいかなる形態での戦争にも相対することができる」。朝鮮労働党創建70周年を記念する軍事パレードで、金正恩は声を張り上げる。33歳の青年は虚勢を張るしかない。前述「北朝鮮の核心」の著者・ランコフの指摘を紹介しておこう。
 この若い指導者には権力継承の準備期間はわずか2年で、側近集団は父・金正日から受け継ぐしかなかった。加えて、外国で教育を受けたということが事態を複雑にしている。あと数年はこれらの古老たちの助言を受けざるを得ないと見られていたが、この青年は事態は急展開させた。父親の用意した側近、とりわけ軍部を標的に、数十年来なかった規模の非情な粛清を行ったのである。父・正日の国葬時に霊柩車を囲んだ7名の権力中枢のうち5名が消えている。クーデターを起こしかねない軍部を最も危険なものとみているのだ。13年12月、おばの夫であり、後見役でもある張成沢が拘束されるや即座に処刑された姿も記憶に新しい。反党・反革命的分派行為、国家への反逆、数々の女性問題、博打や薬物と罪状を挙げるが、一方でこんなことも原因ではないかと挙げている。
 米バスケットボールのデニス・ロッドマンを招き、接見した時のことだ。撮影のためにカメラが回ろうとした時に、テーブルの上にあったコカ・コーラをそばにいた張成沢が立ち上がって取り上げた。コーラはアメリカ帝国主義の象徴で、最高指導者が控えるのは当然であろうと気を回したのだが、これを公の場で侮辱されたと感じたのではないか、という説である。ともあれ金正恩は守旧派にすさまじい衝撃を与えた。新しい指導者は即断即決タイプで、残忍で、きまぐれで、しかも感情に流されやすい。こんな見方が定着しつつある。
 この軍事パレードにも年間国家予算の1/3相当にあたる約1000億円以上をつぎ込んでいるという。海外に駐在する外交官から外貨を上納させ、また国民からも金を集めてようやく開催しているとも。とにかくカネがないのである。法外な見返りを得られるのであれば、自分たちはアメリカと同盟を結んで対中国の抑止力になるにやぶさかでないと北朝鮮の要人は内々の席で口にすることもしばしばある。金王朝の生き残りをかけた外交は、核を弄びながら、何でもあり、だということになる。
 こうした状況を前提に、拉致問題をどうするかも想像してみる。圧力とか、制裁が通じる相手ではない。被害者の親の年齢を考えると時間がなく、崩壊を待っているわけにもいかない。とすれば、政府間の外交ルートでは無理である。ここは民間ルートで独裁者に近い人物を狙って、カネの交渉をするしかないのではないか。そのカネをどこから捻出するかだが、拉致被害者救出資金として募金呼びかけでも集まるのではないか。失敗は許されないので交渉役は笹川良平・日本財団会長あたりが適任ではないか、と思ってみたりする。北朝鮮の罪状や不当性をどれだけ挙げてみても拉致被害者は帰ってこない。そうした政権なのだということを前提に民間も含めて交渉するしかないのではないか。
 核開発も然り。完全かつ検証可能で不可逆的な非核化は金一族が政権にある限り、不可能である。瀬戸際外交を繰り返し、国民に対して極端な恐怖政治を行わなければ維持できないのだ。最大の被害者は北朝鮮の名もない庶民であることは忘れてならない。崩壊を視野に入れると、この戦争法案が日本の選択肢を狭めてしまうのではないかと思えてくる。45年韓国生まれは、この北朝鮮問題こそ日本の平和外交を世界にアピールできる最大のチャンスでもあると考えている。

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