「北朝鮮の核心」

45年韓国生まれにとって、朝鮮近現代史に通じていたいという思いは強い。できればもう一度、大学の門を叩いてライフワークにしてもいいのでは、と夢想することもある。とりわけ南北統一というこの民族の願いを見届けたい。恐らく存命中には実現しないだろうが、その混乱、悲惨は最小限なものにしなければならないと切に思う。その方策を今から手を打っておくべきなのだが、誰も関心を示さない。やきもきした気分でいたのだが、そんな思いにピタリと応えてくれる好著にめぐり合った。行きつけにしているブックスなかだ本店(富山市)の新刊専門書コーナーにこの1冊だけが平置きになっていた。「北朝鮮の核心」(みすず書房)。椅子に腰かけてめくるとすぐに引き込まれていった。定価は4600円だが、躊躇はなかった。カウンターでこのコーナーは誰がやっているのかと聞いたところ、40代過ぎの男子だという。いいセンスだと伝えてほしいと申し添える。この1週間はこの本に没頭していた。
 著者は在韓国ロシア人のアンドレイ・ランコフ。63年サンクトペテルブルクに生まれ、レニングラード大学に学び、金日成総合大学にも留学した経験を持ち、今はソウルの国民大学で教鞭をとる。これほど適任の北朝鮮ウオッチャーはいない。学者のそれではなく、ジャーナリスティックな書きぶりは、その問題意識とじっとしておれない危機感から出ているがかなりの説得力である。
 45年、ソ連船で元山に降り立った金日成がソ連軍によって権力の座に据えられた。すべての業務がソ連の承認をもとに行われる傀儡政権だったが、共産主義と合わせて強烈な民族主義も抱え込んでいた。朝鮮戦争は金日成がスターリンを口説き落として始まったのだが、アメリカの本格参戦、中国軍の介入により、お互い膨大な犠牲を出しながら膠着状態となり、休戦となった。この朝鮮戦争が金日成の権力基盤をより強固なものとした。政敵となる同志をことごとく粛清し、ソ連と中国を両天秤とする経済協力に依存する形が整った。生活の公私にわたる統制は一挙に厳しさを増し、個人崇拝も徹底させる今日の原型となっている。ランコフが平壌で見たのは、そんな中にあっても普通の生活を続ける庶民の姿だった。洗脳されたロボットではなかった。この北朝鮮の現体制が崩壊する運命にあることは間違いないとしながらも、この庶民に対する犠牲を少なくしたいという思いがある。
 金一族を含む北朝鮮のエリートには、政権が崩壊したら、敗者として処刑されるか、リンチで殺害されるという恐怖がある。全人口の5~7%にすぎないが、彼らは武器も扱えるし、組織も掌握している。何よりの不安要因はまぶしい繁栄の光を放つ韓国の存在である。南北の生活水準の差は格段に大きい。もし騒乱が起きれば、すぐに鎮圧してしまうだろう。自分らの延命だけを考えているので、命がけで戦うのは目に見えている。自暴自棄的な挑発を繰り返すだけで、もはや敗北を避けることはできないのだが、やっかいなことに暴発すれば、ソウルが火の海にするだけの戦力があるということである。
 北朝鮮の問題を瞬時に解決できる方法はない。交渉も譲歩も機能しないし、圧力や制裁はなおのこと役に立たない。曲がりくねった長い道を危険を背負いながらも進んでいくしかないというのがランコフの見方である。最も無難な解決策として暫定連邦制国家を想定している。10年から15年かけて南北を移動することをビザ制度など設けて管理しつつ、ゆっくり北の生活向上を図っていくしかない。6か国会議が実質平和維持機構として機能させ、統一の費用と想定される2兆ドルを何とか工面する。それくらいの腹を括らないで東アジアの平和と安定は保てないということだ。

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