「過剰医療」がこの国の未来を喰いものにしている、と啖呵を切っているのが村上智彦医師。ご存じ財政破綻した夕張市の、あの夕張市立総合病院の再生にひとり乗り込んでいった医師である。61年生まれだから52歳。薬剤師であったが、こんなきっかけで医師に転じた。より効き目があり副作用の少ない薬を使うように医者に進言したら、「薬剤師の分際で何をいうか、医者になってからものをいえ!」と怒鳴り返された。相当な向こう意気の強さである。そこから始まる医療改革の取り組みだが、挫折を含めて本にしてまとめた。「医療にたかるな」(新潮新書 680円)。
喧嘩口調が小気味いいのだが性急さのあまり、弁護士から政治家に転じた橋下に通じる危うさも感じる。しかし、湯浅誠と一緒に「若月賞」を受賞しているのだから、大丈夫だろう。若月賞とは、長野・佐久総合病院を拠点に地域医療に取り組んだ若月俊一医師に続いてほしいと設けられた。信州に良医あり、といわれるが若月、今井澄、鎌田實と個性豊かな医師を輩出している。そんな土壌の中で住民の意識が変わり、日本一の長寿と日本一少ない医療費を手に入れたと、村上医師も賞賛している。
さて、本論である。恥知らずな高齢者たちよ、医療でも応分の負担をしろ!弱者の切り捨てだという批判はあたらない。あなた方高齢者が金融資産のほとんどを持っている。若い世代がどんな状態か今更いうまでもないだろう。膨れ上がる医療福祉の付けをそんな若者に回して、自分だけは逃げ切ろうというのはエゴイズムというものだ。恥を知れ!
更に続ける。夕張総合病院を公設民営のベッドなしの診療所として引き受けることにしたのに、当事者である夕張の態度はどうか。市は破綻したので一文も出せないというから、仕方がないので1億2000万円を個人保証で借りて運転資金とした。ところがどうだ。行政も市民も、現状を維持しくれるお人好しがやってきたと、やれ出す薬が少ないの、この病人を預かってくれ、スタッフも悪しき公務員意識にあぐらをかいて組合が守ってくれると抵抗勢力に、一方行政も予算がないから燃料費がばか高い暖房器具はそのままで使ってほしいと、まるで他人事のように振舞う。根っこは炭鉱に由来する。住宅費、光熱費、医療費、映画代、入浴料などすべてが無料であった。厳しい炭鉱労働の見返りでもあったのだが、その体質がいつまでも染み付いていて、何でも誰かにたかろうとする。病院の累積赤字31億円、毎年の垂れ流し赤字が3億円。誰が悪いのかといえば、政治もそうだが、市民ひとりひとりの責任でもある。
そんな四面楚歌の状況のところに、救急受け入れ拒否事件が起きる。「首吊り自殺と聞いて緊急性が低い死亡確認のケースと判断した。常勤医が自分ひとりなので外来などに対応しなければならなかった」。これにマスコミ、市長が、村上医師が死に至らしめたばかりに批判攻撃をする。これをウェブ雑誌への反論投稿で切り抜ける。夕張だけに限らないが度し難い非常識な現実と戦っていかねばならない。
そして、医療者にも切り込む。「患者の安全のため」と称して「責任逃れ」をやっていないか。最近は、直ぐに訴えられるので、少しでもリスクを回避しようと、本来プロとしてやらなければならない仕事や判断さえ、他人に丸投げしようとする医療者が多い。また看護師もそうで、医療判断が不必要なことでも、これは仕事の範囲外と医師に丸投げしている。プロとしてしての自覚、覚悟がないと、限られた医療の人的資源ではやっていけない。
とにかく、痛快な本である。ぜひご一読願いたい。昨年8月、村上医師は5年間奮闘した夕張市を離れて「ささえる医療クリニック岩見沢」に転じている。決して逃げ出したわけではない。後継となる医師も据えて、新たな一粒の麦になるべく新天地を向かったのである。このくらいのわがままは許されていい。
「医療にたかるな」
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