血塗られた大地と訳せばいいのであろうか。現在の国名でいえば、ポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、そして、ロシア連邦の西側国境沿いの地帯を指す。ヒトラーとスターリンが共に権力を握っていた1933年から45年にかけての12年間に、ナチスとソ連によって1400万人を超える生命が失われた。自らが思い描いた野望のために、邪魔者を排除しようとおびただしい民間人が殺害された。
米国イェール大学教授で、気鋭の歴史家ティモシー・スナイダー、46歳が膨大な資料を駆使して、狂気に駆られたヒトラーとスターリンの蛮行をもっと直視すべきだろうと突きつけたのが「ブラッドランド」上下巻である。2010年にアメリカで刊行されると、新たな観点からのヨーロッパ史だとして注目を集め、世界30か国で翻訳出版されている。わが国では、筑摩書房が布施由紀子訳でかなりの力を入れての刊行だと思うが、書店での動きを見ると鈍いように感じる。ブラックランド(黒い大地)と間違って問い合わせたこともあるが、2セット4冊は西洋史のコーナーに差し込まれて誰も手に取っていないように見受けられた。
スナイダーがこの著書で描いているのは、飢えという究極の暴力である。ソ連のウクライナ飢饉にせよ、ナチスのレニングラード封鎖や飢餓政策にせよ、スターリンもヒトラーも、飢えさせて死ぬにまかせるという方法が、個人の苦しみをどこまで増大させるのかについて恐ろしいほど鈍感だった。そうでなければ1400万人を死に追いやることはできない。餓死ということであれば、日本も例外ではない。日本の戦争指導者も若い兵士の飢えについては想像も及ばせなかった。第2次世界大戦において、日本人の戦没者数は310万人、その中で、軍人軍属の戦没数は230万人とされている。特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。
自国を飢えさせないために、他国や他人種を飢えさせる。あの時代にあったこんなシンプルな野蛮さに、正しく衝撃を受ける感性を私たちはまだ失ってはならないというのがスナイダーの警告でもある。
ナチズム研究者は、アウシュヴィッツに代表される収容所の内側の死にあまりにも囚われすぎていて、収容所の外側で、餓え死した無数の子どもたちや母親たちから目を逸らしてきたのではないか。また、非ユダヤ系ポーランド人の死に淡白だったのではないか、ということも。
さて、ふと浮かぶのはプーチンである。クリミア併合とウクライナへの干渉を強め、いままたシリアでの空爆に踏み切った真の意図は何なのか。スナイダーはいう。「わたしはロシアがみずから選んで孤立していることを憂慮します」「自分たちはつねに1000年にもわたり、世界中の敵対行動の標的になってきた、というような歴史認識を持っていたら、他国と協力関係を築くのは難しいでしょう。ロシアは逃げ場がなくなるような状況を自分で作り出している。長期的に見れば、ウクライナよりロシアの方が心配です」。
プーチンの姿にスターリンが重なると見るのは、どちらかが時代錯誤ということになるのだろうか。シリア問題はオバマとプーチンがどう道筋を描くのかにかかっている。彷彿とさせるのがスターリンとヒトラーの騙し合いでもある。こんなパワーゲームの中で、アベクンが幼児のように弄ばれるのではないかと思えてならない。反省だが宗教、民族の正しい歴史常識を持ち得ていないことでもある。
「ブラッドランド」上下