アイーダ

10年も前のことであろうか。エジプトのピラミッドの前に舞台を組み、壮大な演出で上演していたのを見て、凄いものだなと思った。しかし、今回の新国立劇場の「アイーダ」はそれに引けを取るものではない。五十嵐喜芳監督が、新国立劇場の杮落としに上演したのが5年半前。「イタリアの声」をぜひもう一度聞かせたいと、退任を前に精魂を傾けての再演である。そのためにノヴォラツスキー次期監督の新シーズン開幕を、9月から10月にずらしてやっと実現した。そのくらいの思い入れである。チケット入手に苦労した。このためだけに会員になり、週日の木曜日で、しかも席の如何を問わないという条件で9月18日分をゲット。オペラグラスが必要な席であった。富山のオーバードホールでも「アイーダ」が上演されるのに何もわざわざ、という人もいたが、これだけは言わしてほしい。それは似て非なるもの。あれは学芸会の延長といえば、言い過ぎになるかな。

というわけで、わがアイーダ。スペクタクル・オペラと呼ぶらしい。そしてまたその名にふさわしいものだった。「十戒」「ベンハー」なるスペクタクル映画を思い浮かべてもらっていい。生きた馬が舞台の上を駆け抜ける。「人智の及ぶ限りの贅を尽くし、最も素晴らしく、贅沢な見世物」。

エチオピア戦に勝利したエジプト将軍ラダメス、彼と密かな恋仲にあるエチオピア王女で、今はエジプト王女に仕える奴隷の身のアィーダ、そしてそのエジプト王女で、ラダメスに思いを寄せるアムネリス。この3人の嫉妬、矜持、裏切りなどの心理葛藤が交錯するストーリー。最後は自軍の秘密を漏らし、裏切りと断罪されたラダメスと、それを心ならずもそそのかしたアィーダが石棺の中に閉じこめられて、死を迎える。全4幕で、上演時間4時間。

演出したイタリアオペラの大家ゼッフィレッリは独唱陣のほかに110人の合唱団、150人の助演者、20人のバレエ団、そして2頭の馬を配して、膨大な人件費と舞台装置にこれでもかという費用をつぎ込んでいる。本格的なオペラは初めての者には、ただただ舞台の素晴らしさに驚き、ソプラノとバリトンの声の伸びやかさに感じ入り、第2幕の凱旋シーンに、もうこれだけで十分と思わせるものだった。

われら総勢15人が宿舎にとったのは劇場から歩いて5分のパークハイアット。予感はしていたのだが、何とそこにはあの田中康夫が美女を連れて遊んでいるではないか。胸には大きなカモシカバッジ、誰はばかることのない仕草、恐れ入るしかない。われらの今ひとつの目的は、このホテルの随所にある結城美枝子の造形。異形ともいっていい人形の姿形だが、不思議にこの空間にあっている。

最後にわれらといっても、やもめの小生だけは、簡単な飲み会のあと隣接するワシントンホテルにひとり引き揚げたことだけは記しておきたい。

今年はオペラの当たり年のようで、11月にあのゲルギエフ指揮のキーロフ・オペラ「戦争と平和」が待っている。小林和男さんがぜひにということで、チケットを確保してくれた。S席49000円也。

男郎子(おとこへし)やせ我慢の白さかな(拙句)

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